小説

『段ボールの獅子頭』平大典(『屋台獅子(長野県南信州地域)』)

「なんだよ」
「おしし」
「え、おし……。おぉ、なるほどな」
 お獅子。
 僕らが住む長野県の南信州地域では、春祭りで獅子舞を披露する地区が多い。
 様々な獅子がいるのだが、僕が住んでいる地区のものが特徴的なのは、屋台獅子という点だ。
 獅子頭の背後には、道路を占拠するほどの幅がある巨大な車屋台がくっついている。
 車屋台は、その名の通り獅子の胴体となる屋台の底に木製の車輪が付帯しているものだ。
 屋台自体は、軽くて丈夫な竹の骨組みで、黒地にカラフルな水玉模様が印象的な幌(ほろ)で覆ってある。
 布をめくると、褌に結熨斗(ゆいのし)の模様が入った羽織を着た男衆がたんまりと入っており、彼らは祭囃子に合わせて車屋台を押しているのだ。
 僕が小学生のとき、屋台の中を覗いたら、せまっ苦しい暗い空間に近所のおじさんたちが詰め込まれていて、たいそう驚いた記憶がある。
おじさんたちは休憩地点の集会所を経由していく度に、御神酒(おみき)をたらふく飲むので、臭いもなかなかのものだった。
 和葉は、その獅子をこの春にやっとまともに見られるようになった。
 幼稚園生の頃は、屋台獅子が怖いのか、見るだけで泣き出してしまっていた。獅子の周りには、天狗と烏天狗が歩き回って、ふざけている子どもを追い回すのが慣例なのだが、和葉はその姿を目にしただけで、家の中に引っ込んでしまう。
 段ボールで出来た獅子の頭。
 確かに和葉は、上下左右に生き物のように舞う獅子頭をうっとりとした様子で見つめていた気がする。
 僕は腕を組んで、不細工な段ボールの獅子頭を睨む。
「やりたいのかな、獅子舞」
 本物の獅子頭は、木製であり重量もある。
 妻は目を見開く。「そういうことでしょ、サトシくん」
「僕もやったことないしなァ」思わずぼやいてしまう。
 地区の中では、僕はまだ若手だ。
 祭りの日は消防団員として警備している。いつか地元の若連中として笛や太鼓で僕も参加するかもしれないが、当分先の予定だ。
 市内には、四〇近い地域それぞれの獅子舞がある。獅子頭を操る舞の型もたくさんあるらしいが、いまいち理解できておらず、和葉に教えてやることもかなわない。

 
 和葉特製の獅子頭は、置く場所もなくリビングにある棚の上に置くことにした。
 部屋にあるインテリアとは全く調和していない。目が合うと、怒られているような気がして、なかなか不気味でもある。
 夕食を食べていると、和葉は少しむつかしい顔をしていた。箸も止まっている。
 妻は少し不思議そうに和葉を見つめている。
「どうした、和葉」
 和葉は箸を置くと、僕をまっすぐ見据えた。
「お父さん、あの獅子の後ろについている、あの……」
「車屋台のことかい?」
「屋台ってなにでできているの」
「竹だけども。……まさか、屋台を作るつもりじゃないよな」
 僕も思わず、箸を置く。
 屋台を組むなど想像するだけでも、おおごとだ。竹を削ってかまぼこ状に組み上げいき、幌をかけてやる。木材を使ったものやパイプフレームのものも見た記憶がある。

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