小説

『段ボールの獅子頭』平大典(『屋台獅子(長野県南信州地域)』)

「なにをするんだ」
 暑すぎる夏の日のことだった。
 小学二年生になる娘が中二階の倉庫に置いてあった段ボールを何枚か引きずってリビングへ来た。どうやらなるべく分厚く強度がありそうなものをセレクトしたらしい。
「なんでも」
 和葉は額に汗を浮かべ、下唇を突き出しながら、何かを探すようにリビングを見回していた。
 妻は夕飯の買い物に出かけており、家には僕しかいない。といっても、洗濯物を取り込み終えて、リビングのソファーの上で雑誌を読んでいるだけだった。
「なんか探しているのか」
「はさみ」
 前髪ぱっつんの和葉は、必要以上のことはあまり口にしない。
 たまに意思疎通が不安になる。
 僕はソファーから立ち、工具を収めてある棚から小さな鋏を取りだして、和葉に渡す。
「ガムテープも」
「はいはい」
 言われるがまま、道具を渡す。
 工作でもするつもりだろう。小学校に上がって、図工の授業にはまっており、たまに日曜日の暇な時間に工作をするようになった。
 クリスマスにはもみの木を、正月休みには門松を作っていた。
 ゾーンに入った和葉は小さな芸術家で、なんだか気難しくなる。昼ごはんは食べなくなるし(その分夕飯はしっかり食う)、気に入らない作 品はぐちゃぐちゃに破り捨てるか、僕らに見せる前に処分してしまう。
「何を作るの」とは聞いてはいけないことになっている。
 一応、僕ら両親を驚かせたいようなのだ。
 前に妻と僕がしつこく「おしえて、おしえて」と迫ったら、無言のまま泣き出してしまった。
 この頑固な気質がどちらの遺伝なのかはいまいちわかっていない。突然変異的芸術的素養かもしれぬ。
 和葉は僕から必要な道具を受け取ると、さっさと二階の自室へ走り去っていった。

 
「できた」
 和葉が一日中自室に籠っていた末、夕飯前に二階から降りてきた。
 腕の中には、大きな何かを抱えている。
 リビングのテーブルの上にどんと置いたのは、段ボール製の四角い形状のなにか、顔らしきものだった。
 飛び出しそうな丸く大きな目玉。でかでかとした金色の歯をむき出しにした口。顔の色は真っ赤で、真っ黒な髪の毛はビニールテープで 再現している。
 僕は妻と目を合わせた。
「サロメ?」妻はスマートフォンで写真を撮りながらぼそりと呟いた。
「まさか、小学生だぞ。そりゃ残虐すぎるだろ」
 とにかく、和葉御大は口元をにんまりとさせ、作品の出来に満足している様子だった。
「あ。サトシくん、わたしわかったかも」

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