小説

『アクリル越し』洗い熊Q(『たぬきの火の用心(神奈川県)』)

 そう考えると祖母は随分と可愛そうな環境に今は居るのだと思う。薄っぺらい透明な壁の先で、触れ合いなんてなく隔離されているのだから。
 不憫に感じ、また逢いに行こうと思った時ほどそれが叶わない事は珍しい出来事ではない。
 間もなくして、叔父から祖母が亡くなったと連絡が来たからだった。

 
 祖母の葬礼は簡素に。この御時世に弔いに来てくれと言うのはやや気が引ける。ほぼ密葬という感じだった。自分の両親、叔父家族、まあ近隣にいる親類程度。
 少し寂しい葬式になったと親類達が話すのを聞くと、だったら生きている内にアクリル越しでも逢いに来てやれと思ってしまう。
 何度も面会したから言える事だが、ただ逢いに行っただけだと思うと公言する自信はない。本当に頷いているだけだったからだ。
 それだけも祖母は救われていたのだろうか。認知症が末期だったからその認識もないかも知れない。
 でも顔を合わせれば祖母は笑顔を向けてくれた。僕だという記憶がしっかりあったからか。
 ふと遺影の祖母と視線が合う。
 あのアクリル越しに見た姿と違い、写真の祖母は大分若々しい。

 こんこんこんこん。
 こんこんこんこん。

 思わず手で胸を押さえる。
 幻影の様に甦る一瞬のその場面。言葉も本当に聞こえた感じだった。
 祖母は何を伝えていたのだろうか?
 思い出そうとも出てこない言葉の続き。良い思い出として消化してしまえば終わりなのに、気に掛けてしまうのは何故なんだろう。
 それとも不憫だと思っているからか。本当に最後、何もしてやれなかったと後悔しているからだ。

 
「お前、俺の話を聞いていたのか? だからこれじゃダメなんだよ」
 目の前にいる上司が、これでもかって厳つい顔で言っていた。
 リアルで見るこいつは本当にムカつく顔でしかなかった。
 出社する事自体は頻繁にあったが、上司と対面するのは久し振りだ。正直、嫌われているから避けられていると思っていた。
 それはそれで楽だった。いちいち気を揉む回数をカウントしなくて済むからだ。
「いえ、そんな事はありません。ちゃんと修正は加えて……」
「殆ど前回出したのと変わらんじゃないか。何処が修正されてるだ」
 指摘されてる部分は理解した。だけどこれを外したら意味がない。これが今回の肝なんだ。何度も熟慮して出した企画書なんだ。

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