小説

『あれはきっと、同じ月』草間小鳥子(『やまんばのおはなし(福岡県糟屋郡志免町)』)

 満月を塗り終えクレヨンを置くと、琴音は背伸びをして窓から外を覗いた。その時だった。
「あ!」

「あ!」
 遊歩道の先、幼稚園の窓からひょいと琴音が顔を出し、思わず織子は声を上げた。琴音も織子の姿を認め、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振っている。朝、前髪につけたはずのヘアピンは今日もとれている。買ったばかりのワンサイズ大きいセーターの裾はまだ長すぎた。着替えたのだろうか、シャツを着ていないように見える。でも、と月明かりで金色に照らされた琴音の顔を見つめ、織子は思う。
(この瞬間、なんて私は幸せなんだろう)
 こわばっていた体がみるみるほぐれ、胸の底からあたたかい気持ちが湧き上がる。家へ帰れば片付け物や明日の準備に追われ、日々の細かなやりくりのことも、漠然とした将来のことも、何も解決しないままやっぱり明日はやって来て、それでも、それでも。
 ほかの誰にもわからない、でも奇跡のような一瞬はたしかにあって、そこここにあって、それが私を繋ぎ留めている。金色に輝く、そう、まるで鎖のように。
 織子は、宙へ伸ばした片手を琴音の方へぐっと差し伸べた。琴音も、細く開いた窓の隙間から、織子の方へ片手をいっぱいに伸ばしてくる。
「琴音!」
「お母さん」
「琴音」
「お母さん」
「琴音」
 もうすぐ、つかめる。

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