小説

『うどん屋のアレ』室市雅則(『榎木の僧正(京都)』)

「でもな、お母さんも一緒に働いてくれている店やし、アルバイトの子たちもおるから」
「そうやけど、あの子たちは、お父さんの『うどん』が好きで来てくれたんやし、もしにっちもさっちも行かんくなったら、二人は若いんやし、どこでも働けるよ」
「しかしなあ」
「お父さんが働いている姿見えるだけでも私は嬉しいよ」
「ん?」
「お仕事行っている時のお父さんは私の知らないお父さんやったからね」
「そっか…」
「お父さんの好きな道に行きなよ。今は私もいるからさ」
「ありがとう」

「えー、テレビの前のみなさん、『毎度おおきに』レポーターの夏木です。本日は、四条烏丸駅から10分程歩いた所にあります『菜の花』さんにお邪魔します。外観は趣のある和風ですね。おや、お客さんが外にも列を作っていて、人気店のようです。早速、お店の中に入ってみましょう。わ、見て下さい。壁一面がメニューの書かれた短冊で埋め尽くされております。『稲荷寿司』に『だし巻き玉子』、『ポテサラ』、さらに『ハンバーグ』があって、『小籠包』、『クスクス鍋』、『パエリア』まであります。バラエティ豊かと申しますか、一貫性が見当たらない不思議なお店ですね。お客さんにちょっと聞いてみましょう。こんにちはー。えっと、何を召し上がっていらっしゃるのですか? 豚汁でしょうか?」
「『芋煮』を食べています」
「『芋煮』って山形のですか?」
「はい。庄内風の味噌仕立てで美味しいんです」
「そうですか。ありがとうございます。お隣のテーブルには外国の方でしょうか。日本語は大丈夫でしょうか。頷いて下さいました。何を召し上がっていらっしゃいますか?」
「私『アヒアコ』を今食べています」
「『アヒアコ』? 初めて聞きます」
「私コロンビアから来ました。このお店の『アヒアコ』は故郷を私に思い出させます」
「なるほど。ますます謎のお店です。さて、ご主人にお話を聞いてみましょう。こちら『菜の花』のご主人です。毎度おおきに」
「どうも、おいでやす」
「世界中の料理をご提供されているようで、たくさんの勉強をされたのだと思いますが、ご主人は料理の世界は長いのですか?」
「いえ、かけだしです」

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