小説

『本物。』斉藤高谷(『忠直卿行状記』)

「それじゃ意味がない」ギターケースの傍に屈み込み、投げ入れられた小銭を数えながら百花は言った。「誓約書も書かされたし」
「薄情なパパ。一曲ぐらい歌わせてくれてもいいのに」
「三百二十円」百花は小銭を両手いっぱいに載せている。数の割に額はそうでもない。それでも彼女は、小銭を愛おしそうに包み込む。
「二人分のコーヒー代にもならない」
「じゃあ、もう一曲歌おう」百花は小銭をケースに戻し、立ち上がる。
 その目の奥が、一瞬光ったような気がした。
 私はため息をつく。
「御意に、〈殿〉」
 それから、痺れの残る指でギターを掴む。

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