「来たくなけりゃ来なくていい。学校なんてムリに行く必要ない」
「俺のために来て欲しい」
「君のため?」
「高志がいるのといないのとじゃ景色が違うから。全然違うから」
平次はペン回しを諦めて寝転がり、つまらなさそうに天井を眺めた。
川久保はカーテンを閉めて、
「俺には君みたいな友達が必要だったのかもな」
美希が入って来た。泣いている。鼓笛隊の小太鼓たちが転校してしまい一人もいなくなったものだから、運動会で演奏するという晴れ舞台が中止になりそう、ってのが涙の原因。
「小太鼓なら高志が上手だぞ」
と、平次が提案する。
美希はハンカチで涙を拭いながら、
「学校来ない人に小太鼓が務まるわけないでしょ。しかも一人じゃムリ」
「一人でもできるだろ」
平次はあぐらをかいてペンでポンポンポンとランドセルを叩き始めた。川久保も平次に合わせてシャーシャーとカーテンを開閉する。
「うるさいな」
そう言った美希の表情は笑顔になっている。
「早く帰れよ、ふぁーあ」
大きなあくびとともに川久保は出て行った。
思いがけず美希と二人きりになった平次は、照れくさいやら恥ずかしいやらまともに顔を見ることができない。
「一緒に帰ろ?」
美希が笑顔で誘う。
「オッケー、帰らない」
一緒に帰りたい思いが半分、帰りたくない思いが半分、平次は肯定と否定を織り交ぜた謎の返事をした後、くだんの宿題トークで断った。
「バカじゃん」
これが美希の素直な感想。
平次は引きつった表情を誤魔化すためにペンを美希に差し出す。
「落ちてた」
「どうも」
美希はペンをもぎ取って出て行った。
美希が自宅の玄関を開けると、ちょうどそのとき隣人が通りかかった。
「お帰りなさい」
高志のママが笑っている。
「ただいま」
美希も笑い返す。
「今日は遅かったんだね」
「平次に足止めされちゃって。アイツ、お家に帰らないんだって」
「どうして?」
美希はヤレヤレと言った具合に平次の宿題トークを伝え、ママはその宿題トークを一言一句変えず高志に伝え、高志はベランダに出て、不登校になってから十日目に訪れた十歳の誕生日、その日に貰ったプレゼントの双眼鏡で学校を眺めてみる。
サッカーをしていた児童たちが引き上げてゆく。
とっぷりと暮れた。
平次は教室を出て蛇口をひねり、水をがぶ飲みする。それでも腹はグゥと鳴る。水を飲む。また鳴る。水を飲む。またまた鳴る。きつく蛇口をひねって水を止め、用務員室の扉を叩く決心をした。
ガラッ! 平次が扉を叩かずに入ったものだから、川久保は平次に驚いて失禁しそうになる。
「お化けかと思った! まだいたのか、早く帰れ」
「何か食わせてくれたら帰る。寿司がいい」
「バカ言うな。俺はもう帰るんだ」
川久保は缶チューハイを背後に隠した。
平次は見逃さない。