「だって入れるものがないんだもん」
村松さんが口をとがらせるのでスマホを出すよう促す。カバーを半分ほどはがして「お札だけでもここに入れてください」と言うと、目を丸くして「天才だねぇ」と呟いた。
僕の記憶にある少女は聡明だった。だから彼女とは全く別人なのだと言い聞かせるけれど、奇跡が起こっているんじゃないかと馬鹿げたことを考えてしまう。
「この後どうするんですか?」
「コンセントのあるところを探そうかと」
「充電ケーブルは持ってますよね」
「そうだった。ねえ電気屋さんってこの辺にあるかな」
「村松さん、携帯の機種は?」
稀に見る危うさの彼女を連れてハンバーガー屋に入る。コーヒーだけ注文してコンセントの席を確保すると、自分のケーブルを貸してやった。
「ごめんね。用事、あったんじゃないの?」
僕の持っている紙袋を一瞥して申し訳なさそうな顔をする。
「大丈夫ですよ。家に帰る途中だったので」
中には訪問先でもらった柿の実が入っていた。柔らかに笑うおばさんを思い出し胸が痛む。昔から訪問する度に果物やお菓子を持たせてくれるような温かい家だった。久々に訪れてもそれは変わらず、だからこそ直面した出来事が夢のように思えてならない。
「村松さんは何をしに来たんですか」
「まあ、ちょっと会いたい人がいてね」
「会いたい人?」
「そう。夢に出てきたから、寝ぼけた勢いで来ちゃった」
「よほどすてきな方なんでしょうね」
「うん。大好きな人だよ」
彼女は照れることもなくストレートに言った。
ドクンと胸の底で何かが弾ける。少女と同じ顔をした彼女が、一体誰に会いにいくというのだろう。
「僕も行こうかな」
思わず声にしてしまった。自分でも驚いてどう弁解しようか巡らせているうちに、彼女は「いいよ」と簡単に言った。
「本気で言ってます?」