小説

『やまない、やめる、やめた』真白(『羅生門』)

 ある昼下がりのことである。一人の女生徒が、雨が止むのを待っていた。すぐ止むだろうと昇降口の前で待っているが、なかなか止みそうにないほどの大雨だ。彼女は傘を家に忘れてしまったことを後悔していた。
 彼女の他にも雨宿りをする生徒が数人いそうなものだが、そこにいたのは彼女一人だけであった。この雨は長くなる。直感した彼女は、諦めて昇降口の縁に座った。紺のスカートがじんわり濡れてショーツにまで響いたが、この雨の中でびしょ濡れになるよりはましだと思った。
昨夜からできた右頬のにきびが気になる。触ればますます悪化することは知っていたが、触りたい欲に駆られる。直径一ミリくらいか。たかがにきびと思うかもしれないが、十五歳女子にとっては死活問題である。右手の人差し指がそれに触れるか触れないかくらいのぎりぎりの距離を保ちながら、彼女は雨が止むのを待っていた。
 女生徒は今日、学校を辞めることを決めた。入学してからまだ二か月も経っていない。目指していた公立高校に落ち、滑り止めとして受けて入学したこの高校では、楽しいと思えることが今日まで一つもなかった。毎日が無気力で、授業も出たり出なかったりの繰り返し。当然成績は良くなく、担任から何度も呼び出されては叱責されていた。六度目の呼び出しを受けた今日、辞めますと自ら宣言したのであった。
 私だって、もう高校生だ。その気になれば、稼げる。この身体を見知らぬ誰かに捧げても、まあいいかとも思える。しかし実際すぐに行動に起こせないのは、この雨の降り方と似ていた。止むようで、止まない雨。家へ帰る気がだんだんと失せていった。
 それからどのくらいの時間が経っただろう。女生徒は大きなくしゃみをして、面倒臭そうに立ち上がった。さすがに寒い。高校生になって唯一嬉しかったことは、膝上十センチ以上のミニスカートを堂々と履けることであった。しかしこの寒さには抗えない。両手で剥き出しの足を摩ってみるが、和らがない。
 ほぼ空っぽの通学鞄を手にし、場所を変えようと立ち上がったものの、不意に忘れ物をしたことに気づいた女生徒は、仕方なく教室へと向かった。確か机のところに上下のジャージが置きっぱなしになっていたはずだ。そのズボンを履いて帰れば、少しは寒さも和らぐだろうと判断した。
 階段を上り、やけに静かな廊下を歩く。土曜日の夕方は部活動に励む生徒たちで賑やかだが、今日は教職員の研修とやらで部活動は中止らしい。雨の影響で薄暗さが増す廊下は、やや不気味だ。
 一年四組の教室のドアに手をかけた瞬間、ガタンと音がした。この教室には誰もいないはずだと思い込んでいた女生徒は、怯んだ。誰かがいる気配がする。
 担任の先生がまだ残っているのだろうか。辞めると言った手前、また顔を合わせるのは気が引ける。教室内にいるのが先生であればジャージの件は諦めて引き返そうと思いつつ、おそるおそるスライド式のドアを開けた。三十の机と椅子が整然と並ぶ中で、誰かが立っていた。先生ではなさそうだ。短髪がわずかに揺れる。上半身は衣類を身につけておらず、裸のようだった。骨と皮でできているのかと見紛うほど、痩せ細った身体つきである。あの風貌の生徒は自分のクラスに存在していたかどうか、女生徒は短い高校生活の記憶を辿った。女生徒の胸の中で、恐怖と好奇心が混在する。今は恐怖のほうが勝っている。

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