潤んだ瞳が伏し目がちになり、艶々の黒髪が揺れた。その揺れが、一瞬、金魚の尾を連想させ、浩太は小刻みに頭を振って瞬きをした。改めて彼女を見ると、なるほど魚っぽいなと思う。でもそれが彼女の美しさを欠けさせるようなことはなく、不思議なことに、むしろその連想によって、より一層美しいと感じるようになった。
「本当に、知りたいですか?」
「え?」
「誰かにものになる、という感覚」
色とりどりの明を、暗が寄り添うように縁取っている場所。ここへ入ってくる人々は、それに目を輝かせ、ときにうっとりとした表情をして見せる。しかしこの場所に、状況に、白はもうどうしようもないくらいにうんざりしていた。自分を見て「あ、いいな」という顔をして見せる人間もいるけれど、すぐに水槽についている『非売品』の札を見にして去って行ってしまう。あの札によって、白は「誰かの所有物になる」という当たり前の未来を奪われた。だから髪を切ることを覚えて人間に近づき、必死に飼い主を探している。なのに、その気持ちを一番知らない奴が、真っ先にここを出て行ってしまった。
「結局は見た目よね」
餌の屑を避けながら、赤が言った。
「いいなぁ、黒。一番やる気なかったのにねぇ」
赤が避けた屑をパクリとして、斑が言う。
黒がいなくなった日、その日店番をしていたバイトくんは、オーナーから酷く叱られた。もちろん彼に罪はないが、状況としては、「オーナーお気に入りの黒い金魚が、バイトが居眠りをしている間に盗まれた」という以外にない。
「あいつが誰かに飼われたって・・・・・」
白がやる気のない声を出した。買われていく魚たちが、選ばれていく魚たちが、羨ましい。魚を買った人間の顔、あの表情、自分も早く、たった一人にああいう風に見てほしいと思う。そんな気持ちを、黒は知らない。だって、黒はオーナーのものだったのだ。オーナーが人に見せびらかす為に、ここに置いていた魚なのだ。黒は「さとこ」と名付けられていた。そして自分たちは、その「さとこ」が寂しくないようにと適当に選ばれて同じ水槽に入られた、お飾りだ。
「掃除なんかして、チラチラ鏡に映り込んでさ。あれってアピールだったんじゃないの?」
斑が言う。
「や、あれは天然だ。ただただ暇を持て余してああいう行動になっただけで、アピールじゃない。周りの人間の目が、あいつに行ってしまうんだよ。いつもそうだったじゃないか」
「黒は、オーナーに飼われてたって自覚、ないよね」
赤がため息と共に言う。
「「さとこ」が自分だとすら気づいてなかったしな」
「黒って本当に、誰かのものになれるのかなぁ?あれじゃどこへ行っても、何も変わらない気がするけど・・・・」
みんな、黙り込んでしまった。そこへ、バイトくんが近づいて来た。あれ、もう餌の時間か?と思ったとき、バイト君は水槽から何かを取り外した。
「あ・・・・・」
みんなが一斉に声を出し、それから、自分たちの愚かさを実感しつつ、その最善の状況に思い切り納得した。
「非売品」の札が、彼らの水槽から外されたのである。