小説

『仏斬り』N(『恩讐の彼方に』)

 宗十郎が白刃を振り下ろした。斬られると思い目を閉じた了元が顔を上げ、村の者たちも目を見張った。
 宗十郎は、刀をくるりと鮮やかに廻して鞘に収めると、無言で背を向け寺の外へ向かい歩き出した。「見逃してもらえた」と思った者たちが宗十郎の背中を拝んだ。その時、了元の前に立つ優しげな表情の石仏がゴォっと音を立てて根元の辺りから斜めに滑り、了元の前に地鳴りと共に倒れ落ちた。横たわる仏の顔を見て了元は無念の嗚咽を上げた。
 宗十郎の背中はぴくとも動かず、小声で念仏でも唱えるように言った。「石仏はこれでやり直しだが、また出来る。おまえの二十三年に情を掛けた。泣くがいい」。

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