小説

『仏斬り』N(『恩讐の彼方に』)

「了元様。いいお顔の仏様でございますな。完成も近い。始めのころは、わたしも若うございました」
 村の長が訪ねて来て、ノミと槌とで無心に石に細工を施す了元に声を掛けて静かな感心を込めて笑った。
「ううん……」
 了元の返事は芳しい響きはなかった。この石仏を彫り始めて二十三年の時が流れていた。年齢も五十を越えた。体力も残り少なく思われる。
 石仏はあと少しの所まで来ていた。了元の腕はこの最後の部分をやり抜かねばという執念が支えていた。
 村長が言った。
「今日は了元様をお捜しだという方をお連れしました」
 了元の頭に、この数年はほとんど消えかかっていた不安が思い浮かんだ。振り返った了元の前には、二十代半ばと見える武士が一人立っていた。了元も武士も日に焼けて荒れた肌の痩せた顔をしていた。ただ相手の武士は、若さに溢れる筋骨を体つきに宿していた。
「宗十郎殿、かな」
 了元は穏やかにそう言った。
「はい」
 宗十郎は了元がかつて斬った中部三郎右衛門の息子だった。
「二十歳の年、父の仇討ちのため一人、国を出て七年近くになり申した。やっと出会うことが出来ましたぞ。松尾一九郎」
 了元は観念しているようだった。大願成就を目の前にして討たれるのも定め。長い間の僧としての修行が彼に思い知らせていた。
 村人が知らなかった了元の人生の仔細が語られ、周囲にいた村人は驚愕したが、村長が宗十郎を「せめてこの石仏が完成の日を迎えるまでは」と引き留めた。そこで宗十郎は語り始めた。
「村に着き、了元殿の話を聞き、石仏の完成を待とうと、わしもすぐに思った。だが、ここへ案内される道すがら村人たちと話すうち、思うたことがある。
 松尾一九郎。出奔したあと、親御一族がどのような目に合ったかご存じか。掛け落ちた静の家がどうなったかご存じか。わしがどんな境涯で二十歳を迎え、「二十年も経っている、諦めろ」と言われながら仇討ちに出た心境をお分かりになるか。わしの母は、昨年他界いたした。もう当家にはわししかおらん……。
 さらにこんな……こんな話を聞いた。
 この石仏完成は了元殿の大願だとか。そして、これまでの間、親身に近在の者たちの役に立ちたいと振る舞ってきたこととも合わせ、間違いなく大往生、極楽へゆけると、言ったことがあるそうじゃな……お主が大往生、極楽などわしは許さぬぞ」
 宗十郎は言うが早いか刀を抜き大上段に構えると、石仏の根元に座り込んでいる了元へ駆け寄った。だれもが、もはやこれまでと思った。
 ガシンッ。

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