小説

『月影』和織(『竹取物語』『内部への月影』)

「おかあさん・・・おとうさん・・・」
 諦めたような気持ちで、微かにそう呼びかけた。手が震えているのがわかったけれど、止められなかった。その手で部屋の照明のスイッチを探った。「やめて」と心が叫んでいるのに、震える手は彼女を無視してスイッチを探し当て、押した。影が消えて現れた景色を目にしたとき、それまでの光里が、木っ端微塵に消し飛ばされた。

 

 
 祖母の呼びかけで意識を取り戻しなから、光里は逃げていきそうな記憶を、必死で捕まえた。それを確かに取り戻したのを確認してから、目を開いた。
「ああ、大丈夫?光里、痛いところはない?大丈夫?」
 光里は頷きながら、体を起こした。
「・・・・・ごめんおばあちゃん」
「いいの。もういいから。おばあちゃんたちが悪いね。お見合いしろなんて言ったから、月を見たんでしょう?ごめんね、生きててくれればそれだけでいいから、光里の好きなようにしようね」
「おばあちゃん、私、本当はずっと不思議だった。体中に傷があるのに、どうして顔にはないのかなって」
 そう言うと、祖母の動きが止まった。光里は、言葉を続ける。
「事故でついた傷にしては不自然だって、さすがに、この歳になればわかるよ。だからたとえ思い出さなくても、いつかはわかったと思う、お父さんとお母さんのこと」
 祖母が絶望に襲われているのが、光里にはわかった。不思議なことに、それを感じると、恐怖が薄らいだ。忘れていた期間があったせいかもしれないけれど、自分の絶望を何より恐れ、それが訪れたとき、一緒に寄り添ってくれる人が傍にいる。その人たちに、今までのこの現実は守られてきた。今ここある事実を、彼女はちゃんと握っていた。
「今度はね、思い出して忘れなかったの。おばあちゃんたちはずっと忘れていてほしかったのかも知れないけど、私は多分、思い出したかったんだと思う」
「・・・ごめんなさい。殆ど、閉じ込めるような生活を強いてしまって」
 光里は首を振った。
「だって私、本当は牢屋に入らないといけなかったんだ」
「え?」
「私知ってた、あの日あの人が何をする気だったのか。子供だったけど、何となくわかってた。お父さんとお母さん、死んでほしかった。だからあの人を止めなかった。私が二人を殺したようなものだから」
 そう言った光里を、祖母がしがみつくように抱きしめる。
「そうじゃない。おばあちゃんたちが、もっと、ちゃんとしていたらよかったの。そうしたらこんなことにならなかった。絶対こんなことにならなかったの」
 自分に言い聞かせるような言葉に、光里は胸が苦しくなった。懐かしい感覚だった。今のとは違うけれど、あの頃はいつも胸が苦しかったなと思う。家の中にいると、ずっと怒鳴られて殴られて、ときどきナイフで切り付けられたりした。だけど、その人たちにすがっていることでしか、生きられなかった。

1 2 3 4