通信制の高校へ入ることも、祖父母によって決められていた。小中と、学校へ通ってはいたけれど、明るいうちに家に帰らなければならないから、学校が終わるといつも家に直帰した。友達と遊べるのは自分の家の中でだけだった。部活動も中途半端だったし、今でも、門限は午後四時だ。これからは、それがちょっと辛いかもしれないなという予感がする。それでも、大勢といるのがあまり得意ではない彼女には、「今」の中に不足があったことはなかった。むしろ、多い。多すぎる、と思わず頭を抱えてしまう。おじいちゃんとおばあちゃんは、私自身に受け入れ切れない程のことを与えようとしている。
「私の結婚て・・・ほぼ身売りじゃん」
そう呟いて、窓にかかったカーテンに触れる。小さい頃、いけないとわかっていて、好奇心から何度か月を盗み見たことがあった。その度その場に倒れてしまった訳だけど、あるとき、床に思い切り頭を打ちつけて、意識が戻ったら漫画みたいなたん瘤ができていたことがあった。祖母はそのとき「このくらいで済んでよかった」と言って涙ぐんでいた。確かに、当たるものと打ちどころによっては、死んでもおかしくなかった。申し訳ないことをしたと反省し、それ以来彼女は、実物の月を見ていない。祖父母が望まないことを、してはいけない。自分に「こうしてやりたい」と思う気持ちを叶えてやることが、「恩返し」。そう思い至ると、無性に、月が見たくなった。自分を夜の景色から切り離している、夜の象徴。それが窓の向こうにある。そして月の向こうには、自分自身で封印した情景がある。取り戻したら、生きていけないだろうか?でも、もうそれでもいいかな?自分へのその問いに答えるより前に、彼女の手は勝手にカーテンを引いていた。
満月が、そこにあった。月は綺麗だった。その光が自分に触れるのを感じた。懐かしい感じがした。あの日の月を、光里は思い出した。七歳だったあの日、ベランダ越しに見たあの月。両親が死んだ夜の、あの満月を。
「一番大きい窓の鍵を開けて待っていて」
あの人はそう言っていた。だから光里は、夜、家じゅうが真っ暗になってから、ベランダの窓のカーテンを開けた。両親は窓の鍵をかけ忘れていた。満月を眺めながら、彼女はそこで彼を待っていた。でもしばらくしても何も起こらなくて、来ないかもしれないと思ったそのとき、突然それは現れた。月を背にし、その影はまるで、月の静かな光の中から生まれたかのようだった。それが、あの人だった。彼は音もたてず、水が流れ込むように部屋へ入ってきた。そして光里の頭にそっと触れて、こう言った。
「音がするかもしれないけど、何があっても、お父さんとお母さんの部屋に来ちゃ駄目だよ。後で、お巡りさんが迎えに来るから、それまでジッとしてなきゃ駄目。絶対に動いちゃだめだ。僕の言うこと、ちゃんときける?」
光里は頷いた。すると彼は、窓の周りに落ちた月の光から離れ、家の中の影と同化した。彼自身が、大きな影になったみたいだった。光里は怖くなって、言われた通り、自分のベッドであるリビングのソファーへ戻って、湿ったタオルケットを被った。でも、その大きな影に囚われてしまったみたいに思えて、自分の鼓動さえ、その生きている証さえもが怖かった。
ドアが開閉する音がして、それから、トン、トン、という音が何度か聞こえた。しばらくして、ドアが開く音と、静かな摩擦音が聞こえた。光里はジッとしていられなくなって、恐る恐るベッドから出て、手探りで廊下へ出た。闇の中、数メートル離れた場所に、彼がいるのがわかった。おかしな匂いがした。彼は玄関へ向かっているようだった。鍵が開く音がして、玄関のドアが開くと、薄い光の中に彼のシルエットが浮かんだ。彼は本当に、重さのないただの影になったみたいだった。それは弱々しい風に押されるようにゆっくりと動いて、光と共に徐々に消えていった。ただ、手だけ、だらんと垂れたその手だけが、ドアの向こうへ消える寸前、一瞬だけ、真っ赤に光った。光里は、彼がいなくなった後、殆ど何も考えないまま、何かに操られるように両親の寝室へ向かった。