部屋へ戻った光里(みつり)は、とりあえずベッドへ倒れ込んだ。外へ行きたいけれど、もう夜だから無理だった。月が出ている間は、外には出られない。七歳のときの事故のトラウマのせいで、彼女は直に月を目にすると、意識を失ってしまう。でもそのトラウマの中身を、本人は知らない。月は、それを与える為に光里の意識を奪い、光里を世界へ帰す代わりに、それをまた引き剥がす。月とリンクしたショックで気絶した彼女は、目覚めたとき、いつも何も覚えていなかった。そしてその厄介な現象が、今日の祖父母の常軌を逸した行動の根源だと思い、彼女はため息をついた。
十六歳になった今日、誕生日ケーキを食べ終えると、祖父母が見合い写真を出してきた。その相手は、光里と歳が九つ離れた社会人だった。あんまりのことで、光里の思考回路は一度ショートした。復旧するまでに数十秒かかって、それからやっと、こう訊いた。
「なんで?」
「早めに考えておいた方がいいんじゃないかと思って」
祖母が言う。
「早めって・・・私、まだ十六だよ?高校一年だよ?」
光里の言葉に、祖父が小刻みに頷きながら答える。
「そうだけど、おじいちゃんたちも、いつまで光里(みつり)といられるかわからないし、光里のことをちゃんと理解して、一緒にいてくれる人が必要だろう?高校は通信制だから、在学中に結婚しても支障はないと思うんだ。だから、今から考えておいて欲しい」
「別にこの人じゃなきゃいけない訳でもないし、一度一緒に、結婚相談所へ行ってみない?光里は綺麗だから、きっと、会いたいっていう人はたくさんいるだろうし」
悲願するようにそう言われると、理由がじわじわと浮かんできて、光里はその中へ沈み込んでしまいそうになる。とても写真を手に取って見る気にはなれず、一言「考えておくね」と言って、部屋へ戻ってきてしまった。ため息と一緒に、言うなりになるのが義務だろうか?と、諦めが襲ってきた。少し前から光里は、この人生において、自分の気持ちを押し通す権利なんてないのだろうと、そう考えるようになっていた。
七歳のときの事故で、一緒にいた両親は死んで、光里だけが生き残った。そのとき彼女は、それまでの記憶を全て失った。七歳までの自分を、光里は知らない。持ち続けるには重すぎる事故の衝撃を消し去って、平和に生き続ける為に、それまでの自分と両親を捨てたのだろうと、彼女は思う。月は、自分にそのことを忘れさせないための、印なのだと。
事故後、光里は母方の祖父母に引き取られた。祖父母は、娘の結婚に反対だった。十八歳だった光里の母はそれを押し切って家を出ていき、それ以彼らは来音信不通だったという。だから祖父母が初めて目にした孫の姿は、七歳の、事故に遭って傷だらけで意識不明の状態だったのだ。それが二人を、一生償い切れない犯罪を犯したような気持ちにさせてしまったのだろうと、光里は思っていた。