小説

『ピノキオの鼻のような由真のテイル』もりまりこ(『ピノキオの冒険』)

 小さな声で言う。下平先生のこと好きだけど尻尾のことは聞かれたくないって風情で。
 大人になってもそうなのかなって、ちょっとこわくなるよ。
 由真は、たぶん言葉を何でも受け止めてしまう。
 だからそれが受け止めすぎるゆえの苦しみをもっているんだろうと思う。どうすることもわたしにはできなかったけど。

 由真はちょっとだけあの世界中を取り巻いているウイルスの事を感謝しているんだって、屋上で話してくれたことがある。
 くぐもったマスクの中では由真の声はそれほどアニメ声に聞こえない。
 由真あのさ、あの宿題さ。ピノキオの鼻が何故伸びるっていうやつ。

 うざうっせえっ。
 由真の口からそれが聞こえて、なかなかタイミングがよくてわたしは笑いそうになった。
 そうやってさ、なんでも言えばいいんだよ。
 アニメ声って言われたら、だからなによって言えればいいね。
 言えるかな?
 由真とうざうっせぇって言いあっていたら下平先生が、もうあなたたちったら、そういう流行りの言葉で憂さを晴らすのやめなさいよって笑った。

 こっそりスマホを見てたら、お笑い芸人の人がリアクション芸を見せていた。
 由真ちゃんこれこれってわたしは言った。
 なに?
 あのさ、アニメ声って言われたらこうやって返しなよ。
 それができたらさ、こんなに悩まないよ。
樹里ちゃんわたしお笑い芸人の人がボケたりできるのほんとうらやましかったよ。あれができたら、いじめられないって本気で思っていたし。

 美し系のひとにビンタを思いっきり張られた時の一言とか、お尻を思いっきり蹴られた時の一言とか、服の内側で匂い袋がはじけた時の一言とかみていたら、由真ちゃんが泣きだした。

 ちまたさん達ってわたしの事よく知っている気がするって、泣いた。
 ちまたさんは今売れっ子のお笑い芸人だった。

 動画を切った。

 また由真ちゃんのお尻あたりに尻尾がじわじわと生えてくるのがわかった。

 ずっと友達ってうざうっせえかな?
 由真ちゃんが聞いた。

 わたし達は、来年卒業するんだし。離れ離れになっているのはわかってる。
 わたし由真ちゃんに嘘をついている。

 由真ちゃんの尻尾はわたしにみえるのに、由真ちゃんわたしの尻尾はみえていない。
 それがただ悲しかった。

 じゃあねって校門で由真ちゃんとバイバイしたら、急に背中に大きな声が聞こえた。

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