小説

『レモン味の』斉藤高谷(『檸檬』)

「わ、喋った。目あけたまま寝てるかと思ったよ」城田。さっきからこいつであることは認識していたが、脳が構うことを拒否していた。どうせこいつの用件はわかっている。「ねえ、アメちゃんちょーだい」
「ないよ。今切らしてる」いいこと思いついた。
「えー。〈アメといえば梶井、梶井といえばアメ〉が何やってんのさー」
 こいつは口を開けば「アメちゃんちょーだい」と手を出してくる。さっさと黙らせたいので、わたしも大人しくアメを渡してきた。だが、今日ばかりはそうはいかない。
 城田。悪いがあんたを利用させてもらう。今まであげたアメの分は役に立ってもらう。
「丁度さっきあげちゃった。最後の一個。レモン味の」直接的すぎるか? いや、これぐらいわかりやすくなければ伝わらない。
「わたしというものがありながらゴムタイなー」
「後で砂糖水あげるから」聞こえてただろ。絶対聞いてただろ、丸山。
「ちょうちょかよー」
 それだよ。あんたの目の前にあるそのアメの話だよ。
 だからこっち向け、丸山。

   ◆

 小学生の頃の話だ。
 休み時間、トイレに行って席に戻ると、机の中にアメの小袋が入っていた。たぶん、今回と同じレモン味だったと思う。
 自分のものじゃないのは明らかだった。学校にはいかなる菓子類も持って行くことは禁じられていて、僕はそのルールに従っていた。
 そのアメを掌に載せて、誰のだろうと考えていると先生が入ってきた。〈五分前行動強化週間〉とか言って早く教室にやってきたのだ。そうして僕は、アメの小袋を所持しているところを見つかった。
 誰が、というところまではわからない。同じクラスの女子たちがこっそりアメのやり取りをしているのは知っていたから、彼女たちの誰かなのだろうとは思ったけれど。あるいは、個人ではなく何人もが手を組んでいたのかもしれない。
 先生に叱られる僕を庇って声を上げるようなクラスメイトは誰もいなかった。僕は皆から浮いていて、教室の中に友達と呼べるような人は一人もいなかったから。
 ざまあみろ、とでも思われていたのかもしれない。そのまま消えちゃえ、とすら。
 僕だって、いたくてここにいるわけじゃないんだけど。そう言いたかったし、今でも言いたい。
「もういいよ」ため息混じりの女子の声。「ちゃんと後で買っといてよね、アメちゃん」
「自分で買えよ、アメぐらい」と、梶井さん。
 そういえば。
 あの時も、後ろの席は梶井さんだったっけ。

   ◆

 丸山の背中、丸く縮こまっている。あの時と同じだ。

1 2 3 4 5