小説

『レモン味の』斉藤高谷(『檸檬』)

 ブレザーを着た誰かの背中に隠れて。
 丸山の。
 ――。
 今、一瞬だけ意識が飛んだ。去年まで飼っていたタロ(柴犬・♂)が見えたから、わたしの心臓は停まったのかもしれない。
 落ち着け、深呼吸しろ。
 よし。
 状況確認。
 丸山が戻っている。机のアメは見ただろうか? 見たに違いない。天板のど真ん中に置いたのだ。気づかないわけがない。
 さて、どうする丸山? そのアメを誰が置いたのか。あんたはまず、それを考える。そしてすぐに答えにたどり着く。そういえば後ろの席の梶井さんがよくアメを配ってたな、と。会長選の時は対立候補に賄賂だと糾弾されてたな、と。だからこれは梶井さんが置いたんだ、と。
 そして振り返る。
「梶井さん」と声を掛ける。「これ、梶井さんが?」

   ◆

――なんてコミュニケーション能力があったら、そもそもこんなアメ玉一つで惑わずに済むわけで。
 僕は、机の真ん中に置かれたアメの小袋を見つめる。
 これを置いたのは十中八九梶井さんだ。普段からよく人にアメをあげている姿を見る。〈アメといえば梶井、梶井といえばアメ〉。誰かがそんなことを言っていた。生徒会長選挙の時はそれが問題にもなっていた。
〈置いたのが誰か〉はわかるとして、わからないのは〈なぜ置いたか〉だ。選挙の時にも言っていたけど、梶井さんは誰彼構わずアメを配ってるわけじゃない。親しい友達か、せいぜい顔を合わせれば挨拶する程度の知り合いまでに限られる。どうひいき目に見ても、僕はそのどちらにも属していない。小五の頃から同じクラスだけど向こうは覚えていないだろうし、今までも何度となく目が合うことはあったけど決して言葉は交わさなかった。そんな僕に、彼女がアメを与える理由などない。
 あの時と同じだ。
 一体誰が、何が楽しくてこんなことをするのだろう。

   ◆

「モトコー」
 何やってる丸山。アメには気づいてるはずなのに。「おーい」その姿勢、絶対机を見てるだろ。見つめてるだろ。「モトモトー」この期に及んで誰が置いたか考え込んでるのか? 後ろにいるのはわたしだぞ。「生徒会長ー」迷うな、丸山。悩むな。「起きてるー? おーい」今、あんたの頭に浮かんでる考えが正しいんだよ。だから後ろを向け。後ろを「ねえってばねーえー」
「うるさいな!」

1 2 3 4 5