小説

『歩み』ウダ・タマキ(『うさぎとかめ』)

 弾けそうな笑顔に、硬くなった表情筋が幾分か柔らかくなったように感じた。

 「違う、あなたとたくさん話がしたいから頑張ってるんだ」

 そんな言葉をグッと飲み込んだ。金木犀の優しい香りに気が付いた。

 いつもの夢に変化があった。
 荒れた岩山には植物が生い茂り、色付き始めた木々が立ち並んでいる。金木犀がほのかに香り、コスモスが優しい風に揺れる。見上げれば青い空に鱗雲が浮かんでいた。
 柄にもなく季節と自然を感じ、気持ちいいと思う俺がいた。
 俺はゆっくり車いすを降りると、杖を頼りに立ち上がった。まだ立位は安定しないが、大きく伸びをした。
 少し前方に目をやると、視界の開けた小さな展望台が見える。あそこのベンチに腰を下ろして望む景色は、どんなものだろうか。
 俺は期待に胸を躍らせて歩き始めた。遥か前方にいるはずの俺の姿は見えない。きっと、息荒く、脇目も振らず、激しく脈を打って走っていることだろう。
 俺は一歩一歩、確実に大地を踏みしめて、この歩みを進めていこう。焦らずに、ゆっくりと。時に足を止め、時に深呼吸をしながら。

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