「それでも十分に無謀だ。朝まで、さほど時間はない。なぜ俺を助けるんだ」
李徴は銀麗に尋ねた。その理由が、李徴にはわからなかった。
「変なことを訊くね。あんた、やっぱり変わってる」
銀麗が白い前歯を剥き出しにして笑い、そう言う。李徴が『なぜ』と問うわけが、銀麗には本当にわからないらしい。
競うように鼠捕りの木板を齧り続けている鼠たちも、自分たちのしていることに、まるで疑念を抱いていないようだった。窮地にある仲間を助けることは、彼等にはごく自然で当然のことなのだ。
「あたしたちが力を合わせたら、できないことはないよ!」
「おおーっ!」
銀麗の号令に、鼠たちが勇ましい声をあげて応じる。
銀麗の言葉に嘘はなかった。
李徴は、無事に罠から逃れ、皆と共に蔵の外に出ることができたのである。
まもなく朝日が空に昇り、紫色の雲が薔薇色に変わる。そんな時刻だった。
李徴は仲間たちに救われた命を、救ってくれた仲間たちと共に、大切に生き、そして、鼠として死んだ。
悔いはあったが、幸せだった。