小説

『知らすが仏』山賀忠行(『蜘蛛の糸』)

 健三は曼珠沙華の葉を握りしめながら最後の力を振り絞り途切れ途切れ懇願した。
「欲を持つのは現世までにしておけ。来世では欲なんて自分を苦しめるだけの物だ」

「う……うう……」
 動かなくなった二人の体からうめき声とともに煙が上がり始めた。白煙は二人を包み込んだがしばらくすると2つの小さな石だけをぽつんと残し白煙は消え去った。
 急に猛烈な穢れなき澄んだ風が吹きつけた。石は名残惜しく留まろうとしたが吹きつく風には勝てず遂にはコロコロと薄い轍を残しながら転がりもと来た穴に飲み込まれていった。そこは小さな蓮池だった。
 ポチャン……
 2つの哀れな石たちは水面に小さな穴を開けるとあるべき場所に真っ直ぐと帰って行った。
 再び天は沈黙の世界に戻った。

1 2 3 4 5