小説

『三人の今にも吹き飛ばされてしまいそうな家』社川荘太郎(『三匹のこぶた』)

「俺はお前に憧れられるような人間じゃないよ」
 一郎の言葉を二郎が引き継ぐ。
「その通りだ。俺は確かに夢を追っていたかもしれない。ただ、それは夢を追うことで、何物かになれる可能性を一パーセントでも残し続けたかっただけなのかもしれない」
 場に沈黙がおりた。沈黙を破ったのはすべてを聞いていた母だった。
「だったらどうすんだい」
 母はめったに見せない厳しい表情で一郎と二郎を見つめた。
「意気揚々と部屋に戻ったかと思ったら、二言目にはすぐに泣きごとかい? 何があったのか知らないけど、そんな甘っちょろい覚悟なら最初から夢なんて見るんじゃないよ。普通に働くのも何かをつくるのも同じように、半端じゃできないんだよ」
「……」

 居間に座っていた四郎はそんな光景を机に頬杖をつきながら眺めていた。
 いまどき日本中のどこでも見られる光景だ。そして多くの子供たち(彼らはいい大人だが)は夢を諦める。もしくは楽にお金を稼ぐ道などないことを知る。
 それでも、兄たちには夢を追い続けてほしいと四郎は思った。四郎は来春大学を卒業する予定で、すでに地元の中小企業から内定をもらい、一人暮らしをするアパートも決まっている。
 一郎の書く小説は小さいころから四郎に勇気をくれた。二郎は持ち前のユニークさで突拍子のないことをしていつも四郎のことを笑わせてくれた。三郎だっていつも勉強を教えてくれた。四郎は自分の兄たちのことを一人でも多くの人に知ってほしかった。
 世間という名の狼は他人と違うことをしようとする人を吹き飛ばして丸裸にしようと常に標的を探している。耐えるには安定した強固な家を作って凌ぐのが一番だ。
 ただ、例えひどく脆い藁の家であったとしても、ばらばらに吹き飛ばされてそこに住み続けることを諦める日がきても、僕だけは、兄さんたちが作ったいびつな形の家を肯定したい。
 四郎はそう思い、熱い茶を啜った。
 静かになったと思い玄関のほうに目をやれば、一郎と二郎――そしてなぜか三郎まで母から家を追い出されているところだった。四郎は玄関に向かった。
「僕、迎えに行ってくるよ。悪い狼に食べられるといけないから」
「あんたは兄ちゃんを甘やかしすぎなんだよ。あんなロクデナシたち、一回狼に食べられちゃえばいいんだ」
 母の言葉に、四郎は笑って立ち上がった。
 外に出ると三人の兄たちは肩を組んで笑っていた。狼なんてどこにもいないみたいな、安心に満ちた笑みだった。
「家に帰ろう、兄ちゃんたち」四郎は言った。
「言われなくても帰るよ」三人の兄は答えた。

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