「ありがとうございます。夜中とか、なんとなく人恋しいような時にこういう場面を思い出すことがあるんです。その時は、あの人たちも今この瞬間も生きてるんだって思えて、ほっとするんですよね。小説の仕事を超えて自分自身に
とっての意味のある出会い。…とまあこんな感じで、出会った中で印象の強い人のことを書いてるんです。周りの光景の中にあって、その人の放つ存在感みたいなものを描いているんです」
「いいですね。日記のような作品のような…僕もそういう絵を描きたいですよ」
「あ、すいません、長居させちゃったかな」
「いいえ。お話しできてよかったぐらいですよ」
ふたりは互いに創作をする者同士として名刺交換をし、席を立ち、レジに向かった。
「ありがとうございました。お会計は…」
「別々で」
同時に言って顔を見合わせた古賀と鍋島は苦笑した。ふたりが別々に来店したことを知っているはずの女性店員だった。
店の外に出ると車道の砂ぼこりが風に舞っていた。ふたりの行く手は別の方向である。挨拶をしたあとに大きな画材を抱え直しながら鍋島が言った。
「さっきの話はなんていう名前のブログになるんですか」
「『忘れない人』です。ちょっとしたら立ち上げるのでよかったら読んでください」
「ぜひ読ませてもらいます」
「今日はお会いできてよかったです。お互いにがんばりましょう」
「いい刺激をもらいました。がんばりましょう」
「じゃあまた」
「失礼します」
それから一週間後に、古賀はブログをスタートさせた。
「よし、アップできた」
しばらくは誰からかの反応を待ってみたが何もないので、所在がなくなって隣室にいる母親に声をかけた。
「かあさん。このブログ、どう?」
「ブログ?」
「うん。最初のエピソード読んでみて」
「…11月21日。人身事故で遅れた帰宅電車はいつもの200パーセントの… いつの話よ。しかも長い…。…読むけど……うん、まあよく書けてるんじゃない?」
「めんどくさがらないでもうひとつぐらい読んでよ」
「最近のはないの?」
「あるよ、一週間前のが。これは本当にいい出会いだった」
そう言って目を細める息子を見て興味を湧かせたのか、母はパソコン画面をのぞき込む。そして声に出し
「3月4日。最近よく耳にするエッグベネディクト? …ふう…聞いてるから読んでよ」
「わかったよ」