小説

『秋の修羅』六(『赤ずきん』)

 私を食べたあなたたちを、私は決して許さない。でも、殺してあげない。
 佳世はその手に握られていた、所々くすんだプラスチックの包丁を祖母の胸元から腹部を通り、恥骨の辺りまで力を込めて下ろして行った。その行為の背後に、殺意の香りはいまだ漂っていたものの、最後に佳世はその包丁をキミの手に握らせて呟いた。
 私たちはあなたたちのお腹を裂いて、何度だって自分から出てきてやるから。だからもう、殺してくれなんて……
 佳世はその言葉を言い終わらないまま、膝から泣き崩れてしまった。キミはいまだ狼のように口を開け荒い呼吸を繰り返し、窓の外を見つめていた。涙は枯れたのか、あるいは彼女の中に埋め込まれていた数多の機械の挙動が変化したのか、もはや流れてはいなかった。すでに日は山に落ち、空にまぶされた層雲が血のように赤く染まっていくのを、キミはあの日のようにただ見つめていた。白白とした薄い月が彼女たちの背の側から昇っていることに、二人は気付いていなかった。

 あの日。私たち全員が狼だった。今もなお、愚かな狼であり続けている。

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