小説

『秋の修羅』六(『赤ずきん』)

 曽祖母は目線を落とし、自らの手のひらを握り締めながら応えた。
「……お前は、食べられたんだ。私に、私たちに」
 曽祖母は無表情のまま、糸のような涙を流し始めた。その胎の底で、百年ものあいだ埋め込まれていた何かが溶岩のように溶け出し、その煙が気管を焼いているかのように肩で息をして、顎を力なく落としながら。その結果、曽祖母はまるで笑っているかのように呼吸をしていた。まるで獲物を捕らえた狼がその獲物を飲み込みながら涙を流しているようだと、佳世は思った。
「お前たちは私たちに食べられてしまったんだよ。ああ、そうだ、食べられてしまったんだよ、私が道代さんのこと、河べりで夜分にその声を聞いたと言ったせいで……あの日、何度も男たちから殴られ、蹴られ、嬲られて……河べりで倒れていたんだ……藍のもんぺも白い頭巾も、赤く、赤黒く、染まっていて…………」

 曽祖母は手のひらを合わせ、謝罪を繰り返した。それは道代に対するそれというよりも、道代という存在から連想される人々に対する自身の罪の全てに対する贖罪へと切り変わっていった。そのとき佳世は、曽祖母から影を与えられていたのが自分だけではなかったことを知った。曽祖母もまた、影を与えられていたのだった。おそらくは、長く永く日の光が輝き続けるために。陰は声も姿も形も与えられることなく、ただただこのような涙と息と、だらしなく開けられた口の中で輝く衰えた歯の中にしか存在し得ないのかもしれない。ごめんなさい、赦してください、どうか、どうか殺してくださいとすがる口の中に。
 謝罪と贖罪とが入り混じるようになった曽祖母の哀れな嗚咽を聞きながら、ひいおばあちゃん、いや、キミさん、もう泣かないで、と佳世は呟いた。
 私がキミさんを殺してあげる。
 果たして、キミはその呟きを聞き届けていなかった。口の中に残る咀嚼物を羽毛布団の上に撒き散らしながら、贖罪を続けていた。佳世は立ち上がると、離れに近い祖母の寝室の襖を開けて廊下へ出、雨戸の締め切られた窓の続く廊下を進み、突き当たりの角を曲がってそのまま玄関まで進み、木製のつっかけを履いて蔵へと向かった。赤い錆の散る黒鉄の扉を開け、土間からのびる急な階段を手足を使って上り、小窓からのみ光の差し込む、荷物置き場と化した蔵の二階に出た。そこには先日祖母が振り回した鋸を含めた、日曜大工の工具箱が置かれている。その箱を開けようとした佳世の視界の端に、しかし小窓から差し込んだ光、その埃の舞う中、祖父母や両親の過去を蓄積してきた思い出の品々が仕舞い込まれた段ボールの間に、プラスチックの光を通さぬ収納ボックスが佇んでいた。

 蔵から出てきた佳世は、その足でキミの元へと向かった。開け放たれていた襖の向こうで、キミは手を合わせてずっと謝罪と贖罪を続けていた。佳世はその手に持ったものを、キミの胸に突き立てた。一瞬、動きが止まる祖母の視界に、初めて佳世が姿を現す。

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