小説

『きっと、きらきら光ってる』志水菜々瑛(『ラプンツェル』)

 触れたら死ぬかもしれないのに、仕事を任されるなんてとおびえていたけど、午後に待ち構えていたのは入浴を終えた患者さんの髪の毛を乾かしてあげる係だった。他人の頭を触るのは初めてで、あんまり乱暴に触ったら痛いかな、毛が抜けるかなと遠慮がちにドライヤーを動かしていたら、「アツイ、アツイ」と嘆かれた。「ごめんなさい」と、慌ててドライヤーを放すと「もっとごしごしやって大丈夫よぉ」と言ってくれた。
 遠慮なく、普段自分がやっているようにすると、おばあちゃんは「あら気持ちいい。若いっていいわねぇ。力強いわぁ」と喜んでくれる。乾かし終わるまで、「本当に上手ねぇ」「毎日やって欲しいわぁ」「美容師さんなれるわよぉ」とずっと褒め倒してくれるものだから、すっかりいい気分になった。
 おばあちゃんは嬉しそうに色んな話をしてくれた。ドライヤーの音のせいで、聞き取れない部分も多かったけど、珍しい若者におばあちゃんが喜んでくれているのは伝わってきた。絹代はおばあちゃんが座る車いすの真横にしゃがみこんで、一生懸命聞き役に回りつつ、耳元ではきはきと言葉を返していた。
「晶子さん、お風呂気持ちよかったわねぇ」
 おばあちゃんが隣のベッドの女性に話しかけた。晶子さんと呼ばれた女性もお風呂上りのようで、頭にタオルを巻いていた。
「そうですねえ。あ、ちょっと若返ってるかも」
 晶子さんが笑いかける。私のお母さんよりも若そうだ。
「とーっても良かったの。この子、ドライヤーが上手だわぁ」
「良かったですねぇ」
「あなたもやってもらいなさいよぉ」
「あ、私はあとで……」
「良かったら、やりますよ」
 おばあちゃんが褒めちぎってくれたおかげで変に自信がついていた私は、つい出しゃばってしまった。きっと自信満々な顔をしていたのだろう。晶子さんは私の方を見ると、幼子から手作りのビーズブレスレットを貰うのと同じように笑いながら、後ろを向いた。
「じゃあ、やってもらおうかな」
 タオルをほどいた晶子さんは、背中越しに声を飛ばした。
「冷風でやってもらっていい?」
「え、はい」
 冷たい方が良い人もいるんだ。おばあちゃんにやっていたのと同じように手を動かす。でも、なにか、違和感。なんだろう。手元の迷いが晶子さんにも伝わったのだろう。晶子さんは申し訳なさそうな顔を上げて笑った。
「ごめんね、やっぱり気づいちゃったよね。私カツラなの」
 優しそうな人のこういう表情は、本当に胸が痛くなる。余計なことをして、余計な気を遣わせてしまった。
「ごめんなさい」
「良いのよ」
「僕、ヘアードネーションのために、髪の毛を伸ばしているんです」
 何かフォローを入れなければいけない気がして、咄嗟にいつもの台詞が出た。何度も言ってきた、嘘だらけの言葉。
 晶子さんはぴくりと肩を上げ、「あら」と声を漏らす。
「本当に?」
「……はい」
「えらいのね」
「……そんな」

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