小説

『きっと、きらきら光ってる』志水菜々瑛(『ラプンツェル』)

「うん、そろそろ」
「そろそろって、ずっと言っているじゃないか」
「だから、そろそろなんだってば」
「いい加減にしろ。早くしないと寝ている間に切るぞ」
「うるさいな!」
 想像するだけで、怒りで体が震える。勝手に切るなんてありえない。でも免罪符の有効期限が近いのはここ最近気づいていた。いったん切って、また伸ばそうか。いや、次も許してくれるとは限らない。それに、やっぱりここまで手入れし、伸ばしてきた髪を切るのは嫌だった。

 運動会も終わり6年生を送る会の準備には程遠いこの時期、小学5年生は職業体験へ行く。私は第二希望に書いた近所の総合病院へ行くことになった。本当は第一希望に書いたコンビニがよかった。余ったお弁当や賞味期限切れのおやつをもらえるという噂があるから。でも皆考えることは同じで、結局フードロスが何とやら等と、立派な理由を添えた子達が選ばれた。仕方ない。
 職業体験の当日、病院に派遣されたのは私と絹代の二人だった。絹代は幼稚園からの幼馴染で、私の髪の毛にも「えらいねぇ、かっこいい」と肯定してくれた活発で優しい女の子だ。
「私、将来看護師になりたいんだ。でも、病院って人気ないんだね」
 病院に向かう途中絹代が言った。初耳だ。そういえば、体育の時間に女子の一人がこけた時、「大丈夫?」と皆が群がる中、一人保健室まで付き添い、授業終わりも迎えに行ってあげているのを見たことがある。絹代は他人に寄り添える子だ。
 病院に着くと、ナースステーションというところへ通され、いくつか説明を受けた。患者さんとは敬語でお話しすること。すれ違う人とは挨拶をすること。色んな患者さんがいるけど、言い返したり悪口を言ったりしないこと。病院の器具には何も触らないこと。患者さんの命を繋いでいるものもあるから、絶対ダメ。きびきびとした口調で看護師さんが説明してくれる。何か質問ある?と聞かれ、ふるふると首を横にふった。絶対触っちゃだめ、死ぬかもしれないからという言葉に私たちはビビっていた。
 話し終えた看護師さんは、私の方に向き直り、遠慮なく言った。
「きみ、ずいぶん髪長いね」
「ヘアードネーションするんです」
「へぇ、えらいね。でもそこまで長いと、間違って何かに絡まったりするかもしれないから良くないかな。お団子にしてあげるから後ろ向いて」
 そう言うと看護師さんはくるくると私の髪の毛を結び目に巻き付け、手首にはめていた紫の髪ゴムでまとめてくれた。お団子ヘアにするのは初めてだ。やってみたかったけど、周囲の視線が気になって一つくくり以外したことが無かった。絹代は初めて見る私のヘアスタイルを「似合うよ!似合う、似合う!」と褒めてくれる。何と返したらいいかわからなくてうつむいて自分の膝小僧をさするしかできなかった。看護師さんが切り替えるように手を叩いて言った。
「よし、じゃあとりあえず一周しようか。午前中は見学して、お昼食べて、午後からは君たちにもお仕事手伝ってもらうからね」

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