小説

『三つの条件』太田純平(『三つの宝』)

 僕の葛藤なんかお構いなしにあまりにも物騒な声が聞こえてきたから、僕は慌てて個室の鍵を開けた。

「や、やめな! やめなよ!」

 掴み合っていた三人の間に入って喧嘩を止めた。その場に居たのは野球部の砂岡と、意外なことに卓球部の二人だった。

「う、浦西、お前、俺たちの話を――」

 砂岡が恐る恐る僕に訊いた。そのへりくだった様子に僕は優越感を覚えて「あぁ。悪いけど、全部聞かせてもらったよ」と腰に手を当てて返事をした。みるみる彼らの顔が、やってしまったとばかりに青ざめてゆく。性格が良くなる紅白帽がどうたらなんて話まるで信じていなかったけど、彼らの表情を見る限り、どうやらそう荒唐無稽な代物でもないのかもしれない。

「き、聞いてくれよ浦西。こいつらがさぁ、俺から盗んだモンを返さねぇんだよ」
「何を言っているんです。秘密のアイテムは、私が最初に裏山で発見したんです」
「いやいや、最初にアイテムを拾ったのはオイラだぞぉ」

 そう言って彼らはまた取っ組み合いを始めた。僕はうんざりしながら「やめな、やめなって! どうしたんだい三人とも。たかが体操着のズボンと帽子に、サングラスじゃないか!」と言って三人を引き離した。

「バーカ浦西。この半ズボンはな、ただの体操着じゃねぇんだよ」
「?」
「この半ズボンはなぁ、履くだけでシュッと、こう、引き締まるというか、とにかく、スタイルが良くなるんだよ」
「は、履くだけで?」
「あぁそうさ。デブなお前でも、シュッとな」

 僕は半信半疑になって押し黙った。なにせ言っているのが野球部の砂岡だ。ところが、である。温厚篤実で知られる卓球部の彼らまで、砂岡に続いて「浦西クン浦西クン、私の持っている紅白帽はね、被るだけで性格が良くなるんだよ」「浦西クン浦西クン、オイラの持っているサングラスはね、掛けるだけで顔が良くなる凄いモンなんだぁ」と僕に主張した。
 彼らまで言うのだから、どうやら本当らしい。だけど三つあるアイテムのうち、一つだけ持っていても意味がないとも彼らは言った。顔や性格だけ良くてもダメ、顔、性格、スタイル、この三つが揃って、初めて女にモテる、真の男の中の男になれるのだと。
 男の中の男。そうだ。僕だって人生で一度くらい女の子にモテたい。こんな僕だって、一丁前に好きな女の子くらい居る。同じクラスの来栖愛理さんだ。

「あ、あのォ、砂岡クン」
「あぁ?」

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