小説

『三つの条件』太田純平(『三つの宝』)

 廊下から女子の声で「男は顔じゃね?」「いやいや性格だから」なんて会話が聞こえてくる。どうせ僕は――なんて卑屈になりながらも、男子便の個室の中で和牛ステーキ重弁当の蓋を開けた。トイレで食べないと野球部におかずを盗られるってことは、中学の三年間で一番学んだことだ。

「いいから早くその『被るだけで性格が良くなる紅白帽』を俺によこせ!」
「いいえ、私に『掛けるだけで顔が良くなるサングラス』を渡すのが先です!」
「『履くだけでスタイルが良くなる半ズボン』はオイラのだい!」

 ふとそんな声が三つして、声の主たちがトイレに入って来た。僕が昼休みに便所でご飯を食べる、いわゆる『便所メシ』だってことは、クラスどころか学年中のみんなが知っている。とはいえ、毎回引き籠もるトイレの場所は変えているから、茶化されたり、悪戯をされることはだいぶ減った。

「『被るだけで性格が良くなる紅白帽』を俺に!」
「『掛けるだけで顔が良くなるサングラス』を私に!」
「『履くだけでスタイルが良くなる半ズボン』をオイラに!」

 トイレの個室の前で、彼らはそんな言い争いを続けた。彼らは何やら、帽子だサングラスだの所有権を争っているようだ。長ったらしいネーミングを何回も連呼するから何となく覚えてきた。どうやら普通の紅白帽やサングラスってわけじゃないらしい。それぞれ顔、性格、スタイルが良くなる、いわば魔法のアイテムだというのだ。フン。バカバカしい。確かにモテる男の三つの条件、それは、顔、性格、スタイル、この三つだ。しかしそんなものはお金じゃ買えない。

「テメェこの野郎! ぶっ飛ばしてやる!」

 やがて喧嘩っ早そうなのがそう言って、彼らは取っ組み合いの喧嘩を始めた。厳密には始めた、らしい。扉や壁を蹴る音や、掃除用具入れの中身が散らばる音なんかが聞こえて来るのだ。
 どうしよう。もしここで人が倒れでもしたりしたら、なぜ助けなかったんだと先生に叱られてしまうかもしれない。いや、いやいやいや。どうせダメさ。僕が止めたって。どうせ僕の言うことなんか誰も聞きやしない。そもそも僕にこういう場面で出せる勇気があるなら、こんなところで昼ご飯なんか食べちゃあ――。

「殺してやるよゴラァ!」

1 2 3 4 5 6