みな子は、秋も深まったある日の朝、リュックサックひとつ背負って出かけました。三十代に差しかかり、なんだかうまくいかない日常を離れて、ふいにどこか遠くへ行ってみたくなったのです。行き先も決めずに、兵庫県の神戸駅から電車を乗り継いで、ひたすら行ったことのない所へと向かいます。
そろそろ日も傾いてきたころ、島根県の出雲市という駅に降り立ちました。
「ずいぶん遠くまでやってきたなあ。せっかくだから海まで行ってみようかしら。」
と、みな子はさらに海岸の方へと向かいました。
晩秋の日本海は、荒々しく波を立てていて、砂浜を歩くみな子の体をさらっていきそうに思いました。
しばらく歩いていくと、砂浜に大きな岩が見えてきました。そして、その岩の向こう側から、大波に乗ってサーフィンをしている青年が現れました。ちょうど、海から砂浜にあがったところのようです。夕日に照らされている美しい横顔を、みな子は思わずじっと見つめました。すると、ウェットスーツを脱いだ背中の皮がはがれて赤くただれているのに気づきました。
「その背中、どうしたんですか?」
ふだんは、知らない人に話しかけたりしないみな子ですが、思わず駆け寄って聞いてしまいました。サーファーの青年は答えました。
「沖のほうでサメに襲われてね。背中に噛みつかれてしまったんだよ。」
「それは大変。急いで手当てしないと。」
みな子は、リュックサックの中からペットボトルの水と傷薬を出すと、青年の背中をきれいに洗い流してから薬を塗りました。それから、
「ばんそうこうがないから、かわりにこれで我慢してくださいね。」
と言って、首に巻いていた赤いスカーフを青年の背中に巻いてあげました。
その時、真っ赤な夕日が水平線に沈みました。すると、突然サーファーの青年の体がみるみるうちに変化して、蛇のような形になりました。みな子は、驚いて目を見開いて立ち尽くしました。海蛇の姿になった青年は、みな子に話しかけます。
「怖がらなくてもいいよ。私は、出雲の神の使いなんだ。日中は人間の姿を借りていたけれども、日が沈んで元の龍蛇の姿に戻っただけ。この出雲の地にて大昔から行われている会議に参加する、八百万の神々を先導してきたんだよ。災難はあったが、今年も神々をお連れすることができて良かった。」
1/3