小説

『バーテンさん、話を聞いてください。』真銅ひろし(『安珍・清姫伝説』)

「ちょっと今さ、電話がさ・・・。」
 と言い終わる前にスマホがメールを受信する。この流れだと確実に彼女だ。
「・・・見たくないなぁ。」
届かなった事に出来ないだろうかと願うが、吉木君はじっとスマホを見つめている。
「見た方がいいかな・・・。」
「確認はした方がいいと思います。」
 その言葉に促されそっとスマホを手に取りメールを確認する。
『いきなり電話してしまってすみません。課長の声が聴きたくて。ご迷惑なのは分かっているんですが、気持ちが抑えられなくて・・・すみません。でも大丈夫です。課長の寝顔を見ながら寝ますね。』
 この文面の次に画像が送られてきた。顔面が硬直するのが自分でも分かった。添付されている画像は自分の寝姿だった。しかも上半身が裸だ。
「マジか・・・。」
 またしても声が漏れる。まさか撮られていたなんて思わなかった。反則だ。こんなのはもっと別の世界で繰り広げられているものだとばかり思っていた。まさか自分がこんな事になるなんて思ってもみなかった。自分はごく普通のサラリーマンだ。
「どうですか?」
 吉木君が聞いてくる。
「いや、やばい。かなりやばい。」
 さすがに恐怖を感じた。そしてまたメールが来た。
『やっぱり会いたいです。今会いたいです。』
 この一文だけ送られてきた。咄嗟に口に手をあてる。
「やばいやばいやばいやばいやばい。」
「どうしたんですか。」
「俺の寝顔の写真送って来た。しかも今会いたいって。」
 画面を見せる。
「まずいですね。」
「まずいよね。マジでまずいよね。」
 完全に彼女は我を忘れている。どうしたらいい?頭をフル回転させる。まず画像を消させるか?いや、下手に頼んだら何するか分からない。もし妻にこの写真が渡ったらシャレにならない。
「返信するんですか?」
「・・・。」
 吉木君の問いにすぐに返事が出来ない。電話を手に持ったまま沈黙する。一体どうすればいいのか。
「すみませーん。」
 また奥のテーブル席に座っているカップルが呼んでいる。「すみません。」と言って吉木君がいなくなる。チラッとカップルを見ると二人は寄り添うようにお酒を飲んでいる。相思相愛と言った感じだ。年齢はいくつくらいだろうか、美貴と同じくらいに見える。きっとあれが普通のカップルなのだろう。なんの後ろめたさもない、純粋なお付き合い。幸せそうだ。
「・・・。」
純粋なお付き合い・・・。そうなのだ、もし自分が独身であれば何の問題もないのだ。好きなら付き合えば良いし、そうでなければ素直に断ればいいのだ。彼女の言動に慌てているが悪いのは完全に自分の方なのだ。
「何か飲まれますか?」

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