小説

『バランス オブ ワールド』中村市子(『羅生門』)

もしかしてあの日も、罪を犯した友介に合わせるために、紗栄子はわざわざ白ブリーフを奪ったのではないか?でも、もしそうだったとすると……友介は全身から血の気が引く感覚に襲われた。そして気づいたら紗栄子の元に駆け寄っていた。
「部活終わったら、裏門に来て」
紗栄子はまだ股を広げて転がったまま、キョトンとしていた。周りにいた生徒がニヤニヤしながら「守衛小屋か?」とざわつき出した。友介はしまった、と思った。これではまるで、公開告白ではないか!
「ブ、ブリーフの件で。白ブリーフの」
最後の方は消え入りそうな声になった。紗栄子がどんな顔をしているか見る勇気はなかった。

友介が裏門の先の林道で待っていると、紗栄子が不安そうな顔でやって来た。来てくれたことにホッとしたが、友介の手は汗でびっしょりと湿っていた。
「ごめん」
「何が?」
紗栄子が不思議そうな顔をした。
「俺、財布、あの後、佐々木の鞄に戻した。盗んでない」
「え?」
「あの時、財布盗んだのがバレた俺がへこまないように、わざとブリーフくれって言ったんじゃない?でも、俺、財布盗んでないから、ママさんの方が罪のバランス重くなっちゃってるんじゃないかなと思って」
紗栄子は言葉の意味を考えた。バランス、バランス。右手に父、左手に母をぶら下げた綱渡りが頭に浮かんだ。そうか。私はまた、無意識にバランスを取ろうとしたんだ。だから欲しくもない白ブリーフを。とはいえ、友介が財布を盗んでないとなると、確かに釣り合ってない。そうか、私はまたバランスを取ることに失敗したんだ。
「だから、俺にもパンツをくれよ」
「は?」
「俺にもバランスを取らせてほしい」
「あ、なるほど」
そう答えて紗栄子は友介を見た。顔は真剣そのものだった。紗栄子にしか見えないと思っていた「世界に張り巡らされたバランス」に気づいた人間の目をしていた。紗栄子は大きく深呼吸すると、制服のスカートがめくれないよう気をつけながらパンツを脱いだ。華奢なレースのついた、黒い、大人っぽいパンティーが足をスルスルと降りて来た。紗栄子は慎重にパンティを足から抜き取り、差し出した。友介はパンティを受け取ると、まっすぐな目で力強く頷き、裏門をよじ登って校舎の方へ走り去った。

紗栄子のスカートの中をスーと風が通った。人にバランスを取ってもらうのって、こんなにいい気持ちなんだ。パンティ1枚分軽くなった心で紗栄子も裏門をよじ登った。

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