小説

『井の中の蛙は大海の夢を見るか?』室市雅則(『井の中の蛙大海を知らず』)

 金魚は蛙が唯一知っている魚だった。井戸の中に住む仲間であったが、やはり木桶に掻っ攫われてしまっていた。
 波打ち際の魚は金魚ではなく、ベラであったが、蛙はベラを知らなかったので、金魚ではない何かでしかなかった。
 じっと見ていると、ベラがついに海に引き込まれ、姿を消した。そして、波が蛙を誘っているように思えた。ここまでやって来たのだから、入らなくてはならない気がした。
 蛙は目を力強く瞑って、海に飛び込んだ。
 しかし、一向に水を全身で感じない。
 目を開けた。
 足元に大海が広がっていた。
 肩に痛みを感じたので見ると爪が食い込んでいた。
 上を見た。
 トンビが舌舐めずりをしながら、蛙を見ていた。
「ここどこ?」
 蛙がトンビに尋ねた。
「空だ」
 トンビが答えた。
「空、広い」
 トンビが笑った。
「そうだな」
「空と海、どっちが広い?」
「そんなこと知らねえよ」
「そっか」
 蛙は海と空を交互に見て呟いた。
「どっちも広くて大きいな」
 太陽がすっかり姿を現し、蛙を照らした。

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