小説

『王 Sit!』柏原克行(『裸の王様』)

「控えよと言っておる。」
「は…ははぁー。」
 大臣の凶行を寸前で制止すると王は興味深そうにマウロに目をやりニヤリと表情を緩めながら尋ねた。
「ゴッチと申したか?余はその玉座に興味が沸いた。」
「流石、陛下。お目が高い。」
「そなたの話が確かならば当然、この玉座に腰を掛ける事も可能だな?」
「勿論に御座います。」
「ならばゴッチよ、試しに座ってみてはくれぬか?余が座った際に国民にどう映るかのか見てみたい。まさか座れぬとは言うまいな?」
「滅相も無い、畏れ多いこと故…ですがお望みとあれば。おいマウロ!」
「へい親方!」
 マウロは待ってましたとばかりに得意気に王の前に進み出ると、何もない空間にゆっくりと腰を下ろした。その場にいる皆、固唾を呑んだかと思うと刹那、どよめきが生まれた。マウロは表情一つ変えず膝を曲げしっかりと腰を下ろし見事に宙に座って見せた。それはまさに誰が見てもそこに玉座が無ければ説明がつかない状況であった。
「茶番である!存在せぬ玉座に座った振りをしているに過ぎぬ!」
 余りに見事なマウロのマイムに一瞬目を奪われた大臣であったっが再び激高し怒号を上げると直ぐさま王に直訴した。
「斯様な暴挙を赦してしまえば、それこそ王の威に傷がつきます!どうか我に御沙汰を!」
「ラザノフ貴様まだ判らぬか?もし貴様にこの者達を斬れと命じれば余は自らの権威が目に映らぬ形無きものと認める事になる。そうだな、ゴッチ?」
「ですが現にこうして弟子のマウロは座って見せております。玉座は確かにここに。王も宜しければ座り心地などお試しになられては如何かと?」
「ふっ、余を試すと申すか。面白い!」
 ゴッチの挑発に王は泰然と立ち上がりマウロの誘導で見えない玉座の前に立つと同じ様に宙に座って見せた。だが威厳ある王の姿は三秒ともたなかった。王の脚は直ぐに小刻みに震え座位を維持出来なくなるや否や後ろに大きく仰け反り蛙が如く引っ繰り返った。職人達は王のあられもない姿に声を出して笑いそうになったが皆、口を抑え必死に我慢した。だが只一人、この場で声高らかに笑う者がいた。王本人である。
「これは愉快。戦で一度たりとも地に尻を付けた事のない余が皆に見下ろされておる。これが笑わずにいられようか。」

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