小説

『私、綺麗?』南葉一(『口裂け女』)

「うん、綺麗だよ」
私は勇気を持ってマスクを外すことにした。
「……これでも?」

 精一杯笑顔を作ってみた。何年も笑っていないと上手くは笑えず、私の口は余計に不気味さを増したと思う。案の定、男の子は何も言わずに固まっていた。やっぱりマスクを取らなければ良かった。
「きれいだよ!」
「へっ」
「きれい! 歯並びがすごく綺麗」
 きれいという言葉に気を取られ、男の子が言った意味を理解するまでに時間がかかってしまった。間違いなく口の大きさについて何か言われると思っていたが、そこには触れず歯並びときたか。そうきたか。私にとってはあまりに的外れな言葉で、さっきまであんなに口の大きさを気にしていた自分も滑稽に思えてきて、可笑しくなって笑ってしまった。
「あっはっは、君面白いね」
「本当のことを言っただけなのに」
 と、笑われて男の子は少し不貞腐れている。それがまた可笑しかった。こんなに笑ったの何年ぶりだろう。
「でもお姉さん。笑った方が綺麗だよ。もっと笑った方がいいよ」
 驚いた。笑った方がいいなんて、今まで言われたことが無かった。
「そうかな。お姉さん笑ったら綺麗かな?」
「うん。その方が綺麗。僕も笑った方が格好良いでしょ」
 そう言って男の子はニーっと笑い。それを見て、余計に笑ってしまった。

 帰り道に咲く桜は月の光を受けて少し輝いて見えた。結局男の子のことは怖がらせられなかったけど、いい日だったな。私綺麗になったみたいだし。自然と笑顔がこぼれてしまう。
 そろそろ口裂け女も引退かな~なんてふざけて思っているところに、声をかけられた。
「あれ、もしかして……」
 スーツ姿のその男性は、よく見ると中学校の同級生だった。
「なんか見違えたね。最初気付かなかったよ」
 しばらくどう言う意味で言われたのかわからなかったが、どうやら私の見た目が良くなったという意味で言ったらしい。それに気付いた私はどうしても我慢できずに笑って聞いた。
「私、綺麗?」

1 2 3 4 5