「好きだよっ。私もっ」
私は叫んだ。ずっと遠くにいる人に伝えるみたいに。
「ありがとう」
蓮は最後にそう言って扉を開けて出て行った。
私はその後を追いかけてドアを開けたが、そこに彼の姿はなかった。ただ、しおれたあの花が、はなむけのように玄関の前に横たわっていた。
蓮がいなくなった後も、匂いはしばらく残っていた。でも、その枯れた花が姿を変えることはそれから一度もなかった。
久しぶりにあのベンチを訪れようと思ったのに特に意味はなかった。どうしても意味を持たせようとするならば、就職が決まったというのが一番それらしいかもしれない。
小道に入り、まっすぐ進む。
あの数週間の彼との日々は、今思えば夢だったのではないだろうかとすら思う。あの時もし、彼を無理やりにでもこのベンチまで連れてきていたら未来が変わっていたのだろうか。私が今日、これ(、、)を持ってきたのに本当に意味はないのだろうか――
やがて見えたベンチ。私はそこを見て息が止まりそうになった。
「え――」
ベンチには蓮が座っていた。
私の足は無意識のうちにベンチに近づいていく。現実感がなく、浮いているようだった。
目が合った。
蓮は何か不思議なものでも見るように苦笑いを浮かべて腰を浮かした。そして言った。
「俺の名前、なんで……どっかで会いましたか?」
そこで私は気づいた。この人は蓮だけど蓮じゃない。匂いが、しない。
そうか――
蓮。あなたはもしかしたら、私に何か大切なものを残してくれたのかもしれない。
目の前の彼はきょとんとした顔で立ちすくんでいる。私は目じりが熱くなったのを感じて、慌てて取り繕った。
あなたの恩返し、受け取ったよ。
「ごめんなさい。人違いでした」私は言った。「ここに人が来るのは珍しいから」
「ええ。そうですよね。俺はここにたまに来るんです」
「……失恋した時なんかに?」
私の言葉に彼は目を丸くして少しはにかんだ。私の良く知っている、大好きだった顔だ。
彼の視線が私の手に持っているものに注がれているのがわかる。彼が何かを思い出したように言う。「そういえばここに昔花があったんですよ。知ってます? 結構それが綺麗で」
もちろん、と心の中で呟いて、私はベンチに座る。彼もつられて腰を下ろす。私は持っていたそれ(、、)を彼に見せながら、そして言った。
「じゃあ、昔ここに咲いていた花の話をしませんか?」