数学教師であると同時に学年主任でもある竹内先生が珍しくおだやかに笑っていた。
「何話したの?」
莉玖に聞いてみるがそっぽを向いて「なんでもねーよ」と答えられる。服装が変わっても口調は相変わらずだがその耳は赤かった。そんな莉玖がひまりは好きであった。
「そういえばお前有名らしいじゃん」
「なにが?」
「つばきの奴口説き落とそうとしてるって」
「その言い方には語弊がある!」
「あ、悪い」
笑う莉玖につられてひまりも「もう」と言いながら笑った。莉玖は竹内先生が苦手だと言っていたのにも関わらず「先生なんかアドバイスしてやれよ」なんて気楽に言った。先生は莉玖とひまりを交互に見てこう言った。
「私からのアドバイスなんて必要ないよ。それはあなたがよく分かってるでしょ」
莉玖が笑う。さっきの豪快な笑いとはちがうその笑顔には見覚えがあった。
ひまりはまたつばきのアパートの前に立っていた。今日はつばきから声がかかったのだ。それなのに前よりもずっと緊張していた。
やはり女性はつばきの母親の妹であるらしい。その説明を聞いたひまりにつばきは何か言いたげな顔をしていた。
「夕焼けの絵さ、あれ本当は親に描いたんだよ」
部屋に入ったとたんつばきの口からでたのはそんな言葉であった。
「三人で見て、それでみんなできれいだねって笑った記憶があって。そのときはまだ仲良かったんだ。それを思い出してほしくて描いた。でも喜んでくれなかったよ」
そう言ってつばきは一冊のノートを取り出した。
「本物じゃなきゃだめなんだって思った。だからどんな条件が揃えばきれいな夕焼けになるかって調べたんだ。毎日観察して。もうそのときにはお父さんはいなかったけど。でもお母さんに見せればまたお父さんを連れてきてくれるかと思って。バカだよね。そんなことあるはずないのに」
バカだなんてそんなこと全く思わなかった。ひまりはただ胸が痛かった。
「雪絵さんはこのノートのことすごいって言ってくれた。それで色んなこと教えてくれたよ。あの人大学で物理学教えててさ、いつの間にかお母さんより雪絵さんの方が好きになってた。雪絵さんと一緒に見る完璧な世界が好きだった。このノートもさ、ほぼ完璧なんだ。何日もの観察結果から今日の夕焼けがすごくきれいだってことがもう分かってる」
「だから今日呼んでくれたの?」
ひまりの言葉につばきが頷く。
「私さ、雪絵さんと見るきれいな世界が好き。だけど」