小説

『毒に蝕まれたオウジサマ』永野桜(『白雪姫』)

 幼い子供に昔話を聞かせるように、一つ一つ言葉に思い出を込めて語り出す。
「一目惚れだった。あのときの衝撃は、今でも覚えてるよ。なんて美しい女性なんだって。何も見ない、何も聞かない、何も言わない。この世の汚れを知らないような静かな貴方に、私は確かに恋に落ちた。……でも、貴方は変わってしまった。私が欲しかったのは貴方の笑顔じゃない、歌声じゃない。生きている貴方からは、何の魅力も感じられなくなってしまったの」
 泣きたいのは私の方だ。私の好きだった人は、貴方に殺されてしまったのだから。
 白井は顔を青くさせ、ゆっくりと私の肩から手を離した。そのまま数歩後退り、紫色の震えた唇を開く。
「だから、僕を……?」
 その問いには答えずに、無言で微笑む。無言は肯定と捉えたのか、白井は俯いて両手で頭を抱える。
「そんなの、おかしいよ……っ」
「……うん、知ってる」
 おかしい。その言葉が私の胸に重くのしかかる。自分で分かっていたことでも改めて他人から面と向かって言われると、少し来るものがある。
「でも、納得はできたよね。白雪姫は生まれ変わってもまた王子様を好きになった。それと同じで、私の好意の対象も生まれ変わっても変わらない」
 先程の白井の告白で確信した。
 何故私がこんな趣味を持って生まれてきたのか。私の頭に残る前世の記憶は関係しているのか。そして、私にかけられた呪いはこの先もずっと解けることはないということも。
 私は振り返って窓のクレセント錠のレバーを下げる。カラカラと窓ガラスを横にスライドさせ、もう一度白井に視線を向ける。
「私からの愛が欲しいならどうしたらいいか。白井くんならわかるよね?」
 前のような地位も力もない今の私は、自らの手で彼を葬ることはできない。そんなことをすれば、殺人事件として大問題になってしまう。
 なら、私が手をくださなければいいだけだ。それが他殺ではなく、自殺だったなら。もし、彼が本当に私の愛が欲しいなら。もし、彼が本当に私を受け入れてくれるなら……。
 そんな私の小さな希望は、あっけなく打ち砕かれた。
白井は艶のある短髪に両手を埋めたまま、小さく首を横に振る。
「……そっか」
 まぁ、そうだよね。どの世界でも世間一般から見た私の愛は異常だ。
 胸の隅で高鳴っていた何かが沈み、わずかに肩を落とす。窓ガラスを閉めて、端に寄せられていた緑色のカーテンを閉める。
「話は終わり。着替えるから、早く教室から出て行ってくれない?」
未だ頭を抱えたままの白井の横を通り過ぎて、机の上の風呂敷に手を伸ばしたとき。その反対の腕がぐいっと後ろに引かれる。振り返ると、目尻に涙を溜めて頬を紅潮させた白井が真っ直ぐにこちらを見つめていた。毎日手入れされているのがわかる女の子のような、けれどよく見るとごつごつとした男らしい手が私の手首を強く握る。
「……白雪姫は、ずっと願っていたんだ。王子様と幸せになれるハッピーエンドを」

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