小説

『毒に蝕まれたオウジサマ』永野桜(『白雪姫』)

 短い黒髪は女子よりサラサラしていたり、家庭科部で料理が得意だったりと、白井は男なのに何故か女子力が高いクラスメイトだ。いつもお調子者の男子生徒達の中にいて、教室の隅で変な妄想をしている私とは住む世界が違う。今まで一度も話をしたことはなく、共通点は一切ない。そんな彼が、私に何を?
 机に向き直って小野の解答用紙を置き、二つ折りにされたメモ用紙を開く。そこには小さな字でたった一文。

 ——今日の放課後、少しだけ教室に残っていてください。

 小野は横から顔を伸ばしてメモ用紙を覗き込むと、わざとらしく大きなため息をついて言う。
「いいなぁ~蓮は。運動もできて成績もそこそこ、おまけに整った綺麗な顔! どこのチートキャラだって感じ。その妄想癖と陰キャな性格さえ治せば、す~ぐ彼氏できるじゃん」
 ……そんなこと言ってるけど、私知ってるんだからね。小野が七人もの男子と付き合ってるビッチだってこと。
 内心で毒突いていると、ふと手元のメモ帳に黒い影が重なる。顔を上げるといつの間にか猫背な教師が目の前に立っていて、眉毛をピクピクと揺らし、不敵な笑みを浮かべていた。

「それじゃ、明日結果教えてよね~」
小野は青い水玉の鞄を肩にかけてテニスラケットの袋を握り、ひらひらと手を振って教室から出て行く。その後ろ姿が廊下に消えるのを見届け、小さくため息をつく。
 ……剣道部、大会近いんだけどな。
 竹刀袋を机に寄りかけて、胴着と袴の入った風呂敷を鞄から出す。ささっと用事を済ませて教室で着替えてしまえば、体操が始まるまでには剣道場に着けるだろう。
 白井は教室に残った生徒が二人だけなことを確認し、学校指定の黒い鞄を片手に歩み寄ってくる。
「皇寺さん。あ、部活……その、いきなりごめん」
「別にいいよ。それで、何?」
 白井は竹刀袋と風呂敷に気がつくと、申し訳なさそうに眉を下げる。謝罪の言葉より、用件を早く言ってほしい。白井は少し顔を下げて目を逸らし、女子のように両手を胸元でもじもじとさせる。横の窓から射し込む西日のせいか、白井の頬はほんのり赤く見える。
「一学期の運動会、覚えてる? クラス対抗リレーで、皇寺さん、女の子なのにアンカーになって。でも、すっごく速くてカッコよくて……。それから僕、ずっと皇寺さんのことが気になってて……僕ね、皇寺さんのことが」
 一言一言、必死に紡いでいるのが伝わってくる。別に自惚れているわけではないが、その後の言葉はなんとなく予想できた。今までにも似たような事は何度もあったからだ。放課後、よく知りもしない男子に呼び出されて。性別は逆だが、きっとこの先も少女漫画にありがちな展開だろう。
冷静に頭の中で推理していると、白井は意を決したように両手を下ろし、顔を上げる。視線が交わり、白井の赤い唇がゆっくりと開く。

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