小説

『泉の選択』香久山ゆみ(『金の斧』)

「あはは。イズミらしい解釈だね。欲張りな樵には仕事に励むバネを、正直者の樵には希望を。神は両者に幸を与えたもうた、か。世の中はやさしさに満ち溢れてるねえ」
 やさしさに満ちた世界に、ふと浮かんだ顔があった。何が幸せかなんて、結局誰にもわからない。
「今度、新居に遊びに行くね」
 と彼女が言う。
「なら迎えに行くよ、電車も大変でしょ」
「へいき、へいき」
 親友はからから笑う。そうして十分に間を置いてから発表した。運転免許を取ったのだと!
 驚く私に彼女がはしゃぐ。手動運転装置で運転できるんだよ、と。世の中知らないことがいっぱいだ。車椅子生活の彼女は、私よりもずいぶんアクティブのようだ。遊びに来た時には、助手席に乗せてもらう約束をした。
 結局、奥歯は保険適用の銀歯でかぶせることにした。
 私が選んだ斧。真面目な彼は、私と同じで不器用だから飛び抜けて出世したりするタイプではないけれど、ただ、銀歯だからってけっして私のことを嫌いになったりしない。ずっとそばにいてくれる。だから、彼を選んだのだ。奥歯のお金は、私のためではなく、私たちのために使いたいと思う。
 人生は選択の連続だ。結局のところ自分で選ぶしかない。
 一つ決断した私は、また新たな選択肢に立ち向かうのだろう。その時その時を、ただ懸命に生きたいと思う。

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