小説

『コウソクロード』香久山ゆみ(『ウサギとカメ』)

『間もなく二番線を電車が光速で通過します。ご注意ください――』
 駅の構内アナウンスに、文庫本に落としていた目をぱっと上げる。上げてすぐひとり苦笑する。一体何を期待しているのだ、僕は馬鹿か。電車が「光速」で通過するはずがない、「高速」の聞き間違いだ。
 無防備に反応してしまったのも、先日参加した同窓会のせいかもしれない。のろまな僕は、ずっと速いものに憧れを抱いている。
『亀岡様』
 郵便受けに届いた同窓会の案内状。学生時代の同窓会など、一度も顔を出したことがない。卒業後も連絡を取り合う友人などいないから。はじめ二三度断ると、もう声すら掛からなかったのだが、久々の案内状はどうした風の吹き回しか。興味本位で封を切る。なるほど、久々に案内が着た理由を解した。卒業後四半世紀の記念ということで、今回は学年を上げて盛大に開催するらしい。ふうん、DMの束といっしょにゴミ箱へ捨てようとした手をふと止めたのは、名簿に兎丸の名前を見つけたからだ。
 兎丸は友人でもなんでもない。僕なんて彼と口を聞いたことさえあったかどうか。唯一の接点といえる思い出といえば、運動会で兎丸と同じレースを走った。名は体を表すというが、僕は足も遅い。一方の兎丸は、スタートするやぐんぐん加速する。僕は必死に手足を動かすものの、追いつかない、追いつけない。みるみる離れていく。まるでイソップ童話の『ウサギとカメ』。けれど、童話と違い僕は追いつくことはなかった。僕がようやく50メートルを越えた時、兎丸の背中はもうゴールテープの手前にあった。
 そうだそうだ兎丸は足も速かったのだ。勉強だけでもない。彼は何においても秀でていた。交友関係も広く、先輩後輩関係なくヒエラルキー上位の連中と休み時間ごとにわいわいはしゃいで、放課後には仲間でカラオケやゲーセンに行ったり。女友達も多く、さらに当時は年上の彼女がいたとか。それでいて学年テストでは毎回トップに名を連ねる。悪ふざけばかりしているのに教師から可愛がられる。いつも教室の隅でひとり本を読んでいる僕とは大違いだ。真面目に授業を受けているのに教師からは見向きもされない。そんな僕にとって、兎丸は羨望の的であり、嫉妬の対象だった。
 高校卒業後は、東京の大学へ進学し、学生時代にITベンチャーを企業、その後何度か業態を変えながらも会社をどんどん大きくしているらしい。
 それに比べて僕は。
 何もない人生だった。
 学生時代あんなにつまらなかったのに、学校の先生になんてなって。やっぱり僕は馬鹿なのだろう。僕も兎丸のように……。そう思って、真面目にこつこつ日々を重ねてきたが、結局何もならなかった。生きるのが下手だ。教師になった今もずっと、生徒以上に校則を守っているような堅物だ。いつも何に拘束されているような、不自由さを感じている。

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