小説

『七夕の夜』南口昌平(『織姫と彦星』)

 牡牛座は流星群のように次から次へと言葉を吐き出します。
「好きになるからこそ生まれる苦しみってのがあんだよ。誰のことも好きにならなくて済むんなら、楽なんだ。でも、無理だ。好きにならずにはいられねぇ。こんな苦しいことはねぇ」
 天の川はテーブルの上の水割りを見つめたまま、自分自身に言い聞かせるように「恋の苦しみか」と呟きました。牡牛座が頷きます。
「でもよ、そんな苦しみがあるからこそ、ほんの些細なことが、大きな喜びになるんだ」
牡牛座の言葉に、天の川ははっとしたように目を見開きました。牡牛座が言葉を続けます。
「あの二人の喜びはよ、全部おめぇのおかげなんだ。一年間会えねぇ苦しみを与えてくれるからこその、再会の喜びだ。空腹があるからこそ、食う喜びがある。常に満腹じゃあ、食うことなんて誰も望まなくなるんだよ」
「そうか……」
 牡牛座は天の川の背中を軽くぽんと叩いて、ウイスキーを飲み干しました。それからすぐに天の川に向き直り、
「でも、こうして考えてみるとよ、あの二人は本当にうらやましいよな」
「どうして?」
「だってあの二人、毎年七夕には絶対に再会できるんだぜ、永遠に。毎日会えたって、突然明日から永遠に会えなくなることだってあるのに、あいつらは、毎年一回は必ず会えるんだ。何しろこれは宇宙の決まりごとだから。こんなにうらやましいことがあるかい?」
「確かに、あいつらは永遠に七夕には再会できるんだな」
「そして、その再会を実現させているのが、おめぇなんだ。やっぱりおめぇの仕事は粋でいなせでかっこいいよ」
「ありがとな。なんだか、自信が出てきたよ」
「いいんだよ。思ってることは全部、吐き出さねぇとな。頭の中がゴミ屋敷になっちまう。定期的にゴミは出すもんだ」
 天の川は水割りをひと口飲んで、きゅっと口を引き締めました。顔は自信に満ちた、男の顔になっていました。牡牛座はしばらく天の川の横顔を眺めていましたが、やがて思い出したように、
「ところで、乙女座のことだけどよ。おめぇ、さっき、もう会えねぇって言ったよな」
「ああ」
「でも、会いてぇって気持ちはあんのかい?」
「できることなら、もう一度会って、謝りたい。そして……欲を言えば、やり直したいとも思ってるんだ、本当は」
「ふぅん」
 牡牛座は目を意味深に大きく見開き、それを店の入り口へ向けました。
「もしかすると、これはご褒美なのかもしれねぇな」
「何が?」
 牡牛座が店の入り口を指さしました。天の川がそちらを見ると、そこに、緊張した面持ちの乙女座が立っているのでした。
「乙女座!」
 天の川は立ち上がって、叫びました。

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