小説

『七夕の夜』南口昌平(『織姫と彦星』)

 天の川は水瓶座のバーに入り、水割りを飲んでいました。目はどこか虚ろです。
 煙草に火をつけると、煙がゆらゆらと漂って、天井の方へ消えていきました。
「俺もこの煙のように消えてしまえればなぁ……」
 水瓶座はグラスを磨きながら心配そうに天の川を見ています。すると店のドアが開き、客が入ってきました。
「なんだ、天の川じゃねぇか」
 振り返ると、牡牛座が立っていました。
「よお、牡牛座……」
「やっぱりいたか。なんだ、ひとりで飲んでんのかよ」
 牡牛座が天の川の隣に腰掛けながら言います。
「七夕だからな……」
「あ、今日は七夕か。彦星と織姫の渡し船はもう済んだのか?」
「さっきやってきた」
「そうか、じゃあ今頃は、愛の時間だな。粋なもんじゃねぇか、おめぇの仕事は。恋のキューピッドみてぇなもんだ」
 牡牛座は笑い、ウイスキーのロックを注文しました。
「ところで天の川、おめぇの方はどうなんだ? 浮いた話はねぇのかい?」
「俺の方はからっきしだよ。だいぶご無沙汰しているね」
「乙女座とは? あれっきりか?」
「乙女座? ああ、あれっきりだよ。なにしろひどい別れ方したからな。もう会えないし、会わない方がいいんだろう」
 牡牛座は目の前に置かれたウイスキーのロックを、唇をしめらす程度飲んで頭を掻きました。
「まぁ、また、いい相手が見つかるさ。女は星の数ほどいるんだからよ」
「無理だな。俺は、女を好きになる資格のない男だから」
 牡牛座は思わず吹き出しました。
「ばかやろう。女を好きになるのに資格もへったくれもあるめぇよ。みんなモグリだ。それに、おめぇは毎年、恋のキューピッドをやってんだ。おめぇこそ女を好きになってしかるべき男じゃねぇか」
天の川はしばらくグラスを見つめて、ため息をつきました。
「『彦星と織姫の渡し船』ってのが、俺の仕事だと思ってるみたいだけどな、それは大きな間違いだ。俺の本当の仕事は、『彦星と織姫の間の障壁』だ」
「なんのことだい?」

1 2 3 4 5