小説

『七夕の夜』南口昌平(『織姫と彦星』)

 無数の星が宇宙の海に浮かんでいます。色とりどりの明滅が、辺りをキラキラと華やがせ、まるで色濃い水彩画のような世界です。
 その中で、天の川が小舟を自分に浮かべ、彦星と会話をしていました。
 彦星はそわそわと落ち着かない様子です。
「彦星。時間だ」
「あ、ああ」
 彦星の手が震えています。
「どうしたんだ、手が震えてるじゃないか」
「緊張してんだよ」
「毎年のことなんだから、そんなに緊張することもないだろ」
「いやいや、するよ。一年も会っていないんだもの。織姫が変わっていたらどうしようとか、僕の他に男ができていたらどうしようとか、不安は尽きないよ」
 彦星が天の川に浮かぶ小舟に乗り込みます。天の川はそれを確認すると、
「まぁ、俺が見ている限りでは、他に男がいる気配はない。心配するな」
 ゆっくりと小舟が走り出しました。
 静かな夜でした。ゆっくり走る小舟のかすかに風を切る音が、夏の透き通った空間に響いています。
 彦星の乗った小舟が、織姫の待つ対岸へ近づきました。
「彦星さまぁ!」
 対岸の川縁に建っている小屋の横で、織姫が手を振っているのが見えました。嬉しそうに飛び跳ねながら声を上げています。
「織姫!」
 小舟はゆっくり、織姫の立っている川岸に着きました。
「彦星さま! 会いたかったよ!」
 小舟から下りた彦星に、織姫が勢いよく抱きつきました。彦星が織姫の肩を抱き返します。
 それを見届けると、天の川は小舟を川岸から離しました。
「ありがとう、天の川」
「天の川、ありがとね!」
 彦星と織姫が小さく手を振ります。天の川は笑い、
「いいんだよ。じゃあ、また」
 ゆっくり二人のもとから離れていきました。

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