小説

『七夕の夜』南口昌平(『織姫と彦星』)

「渡し船だけ見れば、粋な仕事だろうがな。結局一年間、二人の間を隔てているのは、俺自身なんだ。俺なんか流れてさえいなければ、奴ら、年中一緒に過ごせてたかもしれないじゃないか」
「おめぇが流れてなくたってよ、奴らは一年に一回しか会えねぇって決まってんだ。おめぇは偶然そこを流れてただけだろ」
「でもな……七夕以外の日に、奴らのことを見かけると、俺なんていなければな、って思ってしまうんだ」
「てやんでぇ、それはおめぇの責任じゃねぇってんだ。全ては運命なんだよ。元を正しゃぁ、彦星と織姫が痴情にうつつ抜かして、仕事をしなくなったのが原因だろ。そこで、偶然、天帝がおめぇに目をつけて、二人を隔てるその障壁ってやつに任命した。彦星と織姫だって、納得した上で、今の生活を続けてんだ」
 牡牛座は一所懸命、天の川を励ましました。天の川は数回頷きましたが、目はいつまでもぼんやりしたままでした。
「渡し船の仕事ってのは、罪滅ぼしみたいなものでな。やっぱり辛いものなんだ」
「何が辛ぇんだよ、二人を会わせるだけだろ」
「違うんだよ。この仕事が本当に辛くなるのは、これからなんだ」
「ってぇと?」
「明日の朝になったら、俺は、彦星を元いた場所に戻さなきゃならないんだ。奴らをまた離ればなれにするためにな……」
「あぁ……」
「別れ際に見せる二人の、特に織姫の涙で濡れた顔なんて見てるとな、胸が締め付けられるような気分になるぜ……」
 牡牛座は渋い顔をしました。天の川は牡牛座の顔を見ずに喋り続けました。
「確かに俺が原因じゃないとしてもさ、事実愛し合う二人の仲を隔てて、それを仕事にしてるような俺が、のうのうと女と付き合って、自分だけ幸せになってたんじゃ、とんでもない話だろ。実際、乙女座と別れたのも、それが原因なんだ。俺が一方的に別れを切り出したんだぜ。よくよく考えれば、それも自分勝手な話だけどな、そうでもしないと彦星と織姫に顔向けできないような気がしたんだ」
 牡牛座は黙ったままグラスを揺らしていましたが、やがてテーブルに置いて、言いました。
「おめぇ、根本的なところで勘違いしてるぜ」
「何を?」
 牡牛座は体を天の川に向けて続けます。
「いいか、女を好きになるってのはな、幸せが保証されたものじゃねぇんだ。むしろ、不幸のどん底に突き落とされることだってある。俺はだいたいそっちの口だがね。つまりな、女に惚れるだろ? 四六時中、彼女のことが頭から離れねぇ。今すぐにでも会ってお話がしてぇ。でも、実際に会ってしまうと、何にも言えなくなって、黙り込んじまう。結局何も上手いこと話せずに、その日はお別れだ。家に帰ってからてめぇのふがいなさを思い出して、情けねぇ気持ちでいっぱいになってよ。俺なんてただのクズだ、死んじまった方がいいなんて思ってな、もう金輪際彼女と会うのはやめようと思う。それでもまた、彼女の顔が浮かんで来て、居ても立ってもいられねぇ気持ちになる。そして勇気を出して、また、彼女をデートに誘う、全然喋れねぇ、絶望する……その繰り返しだ。いったいそれのどこが幸せだってんだ?」

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