そうだ、ニャーちゃん持ってこよ。え? えって、にゃーちゃんだよ。今も持ってるの? 持ってる、だって捨てられないもん。押入れのなかに眠っていたにゃーちゃんを引っ張り上げて、ほこりを払う。ごめんごめん、と声をかけ、頭をなでた。実家はペット禁止のマンションに住んでいたから、何度ねだっても本物の猫は飼ってもらえなかった。少し大きくなってから、本物の猫がいい、と駄々をこねるわたしを、にゃーちゃんは、祖母は、どんな風な気持ちで見ただろう。駄々をこねたあと、なんとなく後ろめたさを感じていつもよりにゃーちゃんを強く抱きしめたこと、いつもより過剰に祖母に甘えたこと、思い出す。でもこの記憶だって分からない。今のわたしが当時を振り返って、にゃーちゃんや祖母への後ろめたさを感じたからそんなことを思い出したように思っているだけかもしれない。頭をなでる。これは今、にゃーちゃんの頭を。かわいいでしょ? うん、かわいいね。真っ白だった毛は、だいぶ黄ばんでてクリーム色みたいになっている。真っ白だったんだよ。え? 毛、だいぶ時間がたったからねえ。ああ、毛ね、毛、そりゃそうだよね。プレゼントをしてくれた祖母はずいぶん前に死んだ。母は生きてるけど、それでもすごくすごく時間があるわけじゃないと思う。それで母が死んでしまったら、次はわたし。にゃーちゃんは、どうなんだろう。わたしが死んだ後も、生きてるかな。生きてる、とかじゃないのか。オサムだって、いつかは死ぬ。いつも死にたいとか死にたくなるとか、そんなことばっか言ってるけど、あんまり死にそうには見えないな。ねえねオサム、わたしたちっていつまで生きるかな? 僕は早死にだろうけど、君はどうだろう、分からないな。えーつまらない。あ、でもね、ある視点からみれば、永遠に生きているともいえるね、僕が死んでも詩は残るから。へー、そうなの。そうだよ、だから君もね、必然的に生きてるってことになるんだよ、うん。少し自分に酔ったように、オサムが何もない斜め上の天井付近を見ながら言う。ふーん、と間延びしたわたしの声が、無音の部屋の中で寂しく響く。わたしはいつか、にゃーちゃんを抱きながら、このオサムの酔いしれた顔を思い出したりするのだろうか。まあ分からない。色々考えているうちに、なんだか眠くなってくる。わたしは久しぶりににゃーちゃんを抱きながら、ベッドに入って眠る。もう寝るの? と言われ、うん寝る。と答えて、おやすみ。おやすみ。まぶたを閉じると目の前は暗くなり、だんだんと意識が遠のいて、それがいつかくる終わりの日とどれくらい似ているのか、わたしもオサムも、まだ知らない。