小説

『ミナコさんの思い出』明里燈(『人魚姫』)

 そして水中で赤い爪を噛んで飲み込んだ。
 ミナコさんの思い出が消えませんように。
私は一心に祈った。
 目をあけると、ミナコさんの美しい笑顔が水底に見えた気がした。それは愛する人を失ったあとも懸命に生きた人魚の姿だった。
水の外で、真冬の呼ぶ声が聞こえ、人魚の影は鈍く水に溶けて揺らめいた。
伝説の人魚もミナコさんもヒロシさんも、今頃あの青い海を泳いでいるのだろうと、思った。

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