小説

『なんともまぁ狭き世界で』太田純平(『如何なる星の下に』高見順)

 一瞬考えてから訊き返すと、彼女は「何でもない」と答えた。顔はおどけていても、その声は繊細で僅かに震えを帯びた感じだった。真弓はグイッと一層腕を絡ませると、上目遣いで私に言った。
「息抜きが必要なんだよ……女はさァ」
 何か泣くのを抑えているみたいな、ヘンに歪んだ、深刻な表情だった。何かお互い、ある確信めいた一言――ないし行動が頭に浮かびながらも、それを実行に移せずにいる、というような妙な間があった。この世に男女の友情は存在するか。答えはイエス。実際、私と真弓はこれまでそうだった。しかし――。
「お待たせしました~」
 警備員の一声で、群衆が本堂へなだれ込んだ。さすがに流れには逆らえない。「俺達も行こうか」「ウン」――潤んだ瞳でアイコンタクトを交わすと、賽銭箱めがけて歩き始めた。珍しくそう寒くない一月四日の午後だった。

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