小説

『呼ぶ女』中山喬章(『オオカミ少年』)

 このところ毎日のように引っ越し業者がやって来る。
 特に引っ越しのシーズンでもないのに、一日に五回やって来ることもあった。
 向かう先は、決まって五〇九号室だ。
 どうにもこの五〇九号室の住人、佐倉香は人を呼ぶのが好きらしい。だから私は心のなかで、彼女を「呼ぶ女」と呼んでいた。
 別に彼女がどんな趣味を持っていようが私はそれをとやかく言うつもりはないのだが、私も出来る限り空室を作らないでほしいというオーナーの意向に従わざるを得ない。
 だから私は佐倉香に確認する必要があった。
「ちょっと、佐倉さん……。あなた、ここを出ていくのかい?」
 どこか遠くを見つめながら、足取り軽やかにエレベーターへ向かう佐倉香はピタリと足を止めた。しかし、彼女は何も答えない。
「引っ越しの日にちが決まったら、なるべく早く知らせてちょうだいね。退去の場合は、その旨を退去の一ヶ月以上前に申し出るという規則が一応あって……」
「いえ、違うんです!」
 佐倉香が私の言葉を跳ねのける。
「まだ出ていくつもりはないのですが……、だいたいどれ位の値段になるのか、見積もってもらったんです」
 複数の引っ越し業者に見積もりを依頼し、最も料金が安い業者はどこなのか調べているのだろう。
 二年前の春、佐倉香は近くの芸大に入学したのを機に入居してきた。
 引っ越しには彼女の両親が付き添っていたが、どちらも品が良く、いかにもお金を持っているように見えた。
 きっと可愛い娘の頼みなら何でも聞き入れるのだろう。しかし佐倉香は、親に掛ける負担を可能な限り減らそうと繰り返し見積もりを依頼する日々を送っている。
 少しばかり感心した私は、こう助言をした。
「引っ越し料金は時期によって大きく変わるんじゃないのかな。今の時期は安い業者でも、三月頃になれば一気に高くなると思うから気を付けて」
「あっ、それもそうですよね。その時は、また見積もってもらいます」
 佐倉香はどこか嬉しそうだった。
 このマンションでは、集合玄関のインターフォンに入力された部屋番号が、管理人室のモニターにも表示される仕組みになっている。
 防犯のため、いつ、どんな人が、誰を訪ねて来たのか、自分が管理人室に居るときだけではあるが、記録を残すようにしていた。
 それから少しして、引っ越し業者がやって来ることはなくなったのだが、ある日、五〇九号室に大量の段ボール箱が運び込まれた。

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