小説

『呼ぶ女』中山喬章(『オオカミ少年』)

 自分の部屋に誰かを呼び作品を見せる行為の虜になっていた佐倉香は、壁一面に絵を飾り、自室を画廊へと仕立て上げた。そこに招待されたのが通販の配達業者だった。
 大きな段ボール箱に入れられていたり、そこそこ重量のある商品を購入すれば、配送業者を部屋の奥まで招き入れる口実にもなると考えたのだろう。
 部屋が段ボール箱で埋め尽くされた後は、寿司やビザの宅配業者を呼ぶことしか出来なかった。
佐倉香は最後の最後まで、助けを呼ぶことはなく、孤独のなか浴槽で自ら命を絶った。
 しかしながら、もし仮に佐倉香が助けを呼ぼうと声を上げていたとしても、大して結果は変わらなかっただろう。
 芸大生向けに作られたこのマンションは遮音性能の高さがウリだ。
 泣こうが喚こうが、その声は誰にも届かない。

『オオカミ少年』という童話がある。
 一般に「嘘をついてばかりいると、誰からも信用されなくなってしまう」という教訓を示すものだといわれているが、もしかすると「狼が来たぞ」と嘘をつく少年の心の闇に気付こうとはしない大人たちの愚かさを描き出しているのかもしれない。
 私のことを、そんな愚かな大人のひとりだと後ろ指を指す者もいるだろう。しかし、私を断罪する資格のある者が一体どれだけいようか。
 立て続けに引っ越し業者を呼び付けたり、ニワトリのトサカから作られたサプリメントを段ボール箱二十箱分も注文する者がいたら、「呼ぶ女」という愛称をつけて笑いものにしたくもなるだろう。
 仕方ないじゃないか……。それは本当に滑稽だったのだから。

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